第61回(2007年度)ライスボウル特設コラム(9)

 



爆発(explosion) -史上最高のパスゲーム-

QB/WRコーチ  小野 宏

 
(1)“日本代表”との対決 (5)OLたちの詩 (9)ロジスティックス
(2)二つのノーハドル (6)ショットガンの5年 (10)カズタの物語
(3)人が変わる時 (7)ラン&シュートへの挑戦 (11)後世畏るべし
(4)ゴール前の罠 (8)マネジメント改革  
 
(9)ロジスティックス

分析部隊の闘い

 さらにもう一つのオフェンスの「構造改革」を紹介したい。それは、アナライジング・スタッフの充実と「FITERS」プロジェクトの成功だ。
 従来、対戦相手を分析するための基礎データ作りは4年生や負傷者、留年生コーチが担っていた。しかし、プレーの能力を磨くべき選手が分析の作業を基礎から担当している状態では、本来優先すべきトレーニングやゲームプランの検討、プレーの確認などがどうしても後回しになる。組織的総力戦であるフットボールにおいては分業して効率を高めるという資本主義の精神が求められる。分業はOL・QB・RB・WRといった選手のポジションだけではない。前線で闘う者と後方で支援する者も役割分担し、専門化して効率を高めることで戦力を高めることを目指す。
 この点でも立命館が先行してアナライジング・スタッフというグループを以前から編成していた。我々も、4年前、チームが勝つためにこうした役割を担う者が必要であることを選手に説き、裏側からチームを支えるメンバーを募った。きれいごとではなく、悩みぬいた末にプレーヤーとしての夢をあきらめ、名乗り出た選手たちが防具を脱いでパソコンとモニターに向かい合う生活を始めた。RBだった高田智史が最初の志願者だった。最初は女子スタッフも含んだメンバー構成で試行錯誤を繰り返しながら活動を進め、産みの苦しみを味わいながら、徐々に成果を出していった。
 2007年度は4年生高都持が率いる攻撃の分析スタッフが6人となった。秋のシーズンになると、選手は試合の翌日はオフである。しかし、分析スタッフは対戦相手の試合の分析を始めるため休日もなく授業の合間を縫っての作業が続く。そして出来上がってきたデータをもとにコーチと4年生がゲームプランを立てる。分析データの正確さ、データの質量の増加、それによるコーチ・選手の時間の有効活用が進んだ。このあたりは詳細な内容を十分に明かせないのが残念だが、このスタッフたちの士気の高さが選手たちを奮い立たせた。そして、スタッフたちのデータから導き出された推論が、いくつものプレーの成功につながった。
 この分析スタッフは、スカウトチームとも連動している。オフェンスには仮想対戦チームを作るスカウトディフェンスが影のように張り付いていて、オフェンスが各ポジションで練習する時も、分析どおりに対戦相手の動きを演じてみせる。オフェンスチームは常に対戦相手の動きを実戦で学習しながら試合に備えていくことができる。4年生のリーダーである前田、藤田、山口、林らが下級生とミーティングをして敵チームになりきるのだ。
 表にはまったく出てこない陰のロジスティックス(後方支援部隊)もまた、オフェンスの成功の一翼をしっかりと担っていた。

「FITERS」 PROJECT

 「FITERS」はFIGHTERSの綴りの間違いではない。Football Integrated Technology for Evaluation and Research Systemの略で、理工学部情報科学科・早藤貴範教授の研究室と総合政策学部・中條道雄教授のゼミとファイターズの三者共同の戦略解析システム開発プロジェクトである。両学部のある神戸三田キャンパス(兵庫県三田市)の総合政策学部で学ぶ4年生のマネージャー樽井が3年前から取り組んできた。前述した分析スタッフは対戦相手の一つ一つのプレーをデータとして打ち込む。しかし、試合の映像は別にマネージャーがビデオに編集する。データと映像は別々に作られ、コーチや選手はデータを横目で見ながら映像を見ることになる。それはそれでどのチームも多かれ少なかれしていることだ。
 ただ、もう一歩進んで、データから特定の条件によって絞り込んだ複数のプレーを引き出して、対応する映像を見比べたいと思っても、映像は一つ一つタイムカウンターで探していかなければならない。相手の細かい動きとサインの関係などを検証していくために必要な作業だが、膨大な時間がかかっていた。このため、映像とデータベースをリンク付けし、いろいろな条件で検索できるシステムが必要になっていた。

 国内ではすでに10年近く前に本学OBで富士通のシステムエンジニアだった真弓英彦氏がアメリカンフットボール専用の分析ソフト「CASDAS」を開発し、Xリーグや大学のトップチームは数多く導入していた。しかし、我々は財政的な事情もあってタイミングを逸し、導入しそこなってしまった。早い話、IT化の波に乗り遅れたのだ。
 こうした状況に改善の必要性を感じた樽井は、フットボール部に理解の深い両先生に協力を要請し、システム開発に着手した。早藤研の辻村、堀渕両氏らが学部生だった時代から大学院生として修了するまで、我々のニーズを聴取して開発を進め、ついに2006年秋の終盤にFITERS1が完成した。データ入力などを中條ゼミのゼミ生、稲田、岡田両氏らが担当してくれてリーグ戦終盤に活用できた(中條ゼミはこのほかホームページの作成や広報活動も担ってくれた)。さらに2007年にはコーチや分析スタッフからの改善要望が反映されたFITERS2が7月に完成し、リーグ戦で大きな効果を発揮した。
 例えば、分析スタッフが作成したデータから相手の傾向を読み取ろうとしても、データだけでは判断しにくい場合が少なくない。そうした場合に条件を絞り込んだプレーを検索し、プレーを一つ一つ映像で検証していく作業がPC上で簡単にできるようになった。これが、オフェンスの戦術の検討に大きな効果を発揮した。IT化に出遅れたが、関学として自前で開発に取り組んだことで、結果的に細かなカスタマイズが可能となり、逆に強みになろうとしている。
 お二人の先生と研究室・ゼミで協力していただいた院生・学生の方々には感謝するばかりである。樽井はこのプロジェクトの成果を論文「理文武融合プロジェクト『FITERS』」にまとめ、大学図書館主催の論文コンテスト「第8回J.C.C.Newton賞」に応募し、審査員特別賞を受賞した。どうしても部員の自慢話になってしまい、いささか恐縮だが、6年ぶりの学生日本一に免じてお許しいただきたい。
 
理工学部・早藤研究室、総合政策学部・中條ゼミ、ファイターズの「理文武融合」で開発した戦略解析システム「FITERS」の一画面。

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