石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
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(6)背中で勝負
投稿日時:2012/05/12(土) 14:34
新聞社で若い人たちと仕事をしていると、折りにふれて「人を育てるのは難しい」と実感する。
読者がすらすら読める文章が書けない。これはニュースだ、と思うようなことでも、即座に反応しない。怒るべき時に怒らない。読者と喜怒哀楽をともにする感受性がない。何より向上心がない。
こう書くと、ろくでもない怠け者ばかりのように誤解されるかもしれないが、その実像に接すると、決してそんなことはない。みんな人間としてはいい子ばかり。日常の会話をしていても、いやな気持ちになることがない。取材相手にもかわいがられていることは、彼らの書いてくる原稿からも伺える。
だが、新聞記者を45年も続けて、それなりにこの仕事に愛着と誇り、自負と自信を持っている人間の基準で見ると、足りないことばかりである。「新聞記者というより、人間として必要なのは向上心。昨日より今日、今日より明日。一歩でも半歩でも前に進むように努力することが肝心」「努力の成果はなかなか目には見えない。でも、そこであきらめたらおしまい。懸命に足を動かし続けていたら、ある日突然、一段上の景色が見えるようになる。ある日気がつけば、こんなに高いところまで登ってきたんだ、と実感できる時が必ずある」というようなことを話し続け、懸命に激励しているのだが、それがなかなか通じない。
入社して間もない記者はそれほどでもない。昨日できなかったことが今日はできるようになった、1カ月前には2時間もかかった原稿がいまは1時間で書けるようになった、と成長を実感する機会が多いからだろう。人は、自らの成長の手応えをエネルギーにして、さらに成長していく。
ところが、それなりに仕事を覚えてきたと自分なりに安心している中堅からベテランにかけての記者たちになるとそうはいかない。気持ちでは懸命に仕事に取り組んでいるのだが、その成果がなかなか実感できない。逆に、手を抜いた取材でも、そこそこの記事は書ける。その結果、努力してもしなくても、結局は同じこと、と思うようになったとしても不思議ではない。
僕の目から見れば、今日は昨日の続きでよし、としている記者と、今日は昨日より一段上の記事が書きたいと思って努力する記者の差は歴然としているのだが、幸か不幸か、その成果は即座には現れない。だから、よほど心してかからないと、昨日の続きでよしとする気分が蔓延する。その結果、職場全体を怠惰な雰囲気が支配し、気がつけば、手の施しようがなくなってしまう。
そういう事態に陥らないように、老骨にむち打って「人間は成長が命。昨日より今日、今日より明日、という気持ちだ何より大切」と、若い人たちを励ましているのだが、なかなか成果につながらない。他者が「励ます」だけでなく、本人の内部からふつふつと「やる気」が出てこない限り、向上心を喚起させることにはならないのだろう。
大阪に「やる気とお日さんは出すもんやない。出てくるもんや」という言い方がある。「明日はやったる」「今度こそがんばろう」と自分に言い聞かせているうちは本物ではない。「やる気はあって当たり前」「がんばるのは標準」。それを意識せず、周囲からあれこれいわれる前に、自主的に課題に取り組めるようになって初めて成果につながる、という感覚を表現したものだろう。僕はこの言い回しが気に入っている。
職場の話から、とりとめもないことをだらだらと書いてきたが、ここからが本題である。ファイターズの諸君も「やる気があって当たり前」「がんばるのは標準」という感覚を是非とも身につけてほしい。コーチや上級生にいわれて「やらされる」のではなく、自らが「俺がやる」「男は黙って、背中で勝負」という感覚で練習に取り組み、試合で力を発揮するのである。
実際、春からの練習や試合を見ていると、そういう「背中で勝負」という姿を見せている上級生が何人か存在する。WRの南本、小山、LBの川端……。決して口数は多くないが、彼らの見せる一つ一つのパフォーマンスから、今季にかける「気持ち」が伝わってくる。そういう選手をお手本に、それぞれの構成員が自らのやる気を引き出してほしい。
いまは少数かもしれないが、彼らが特別の存在ではなく「ファイターズの標準」になったとき、このチームは「えげつないチーム」に成長を遂げるに違いない。
読者がすらすら読める文章が書けない。これはニュースだ、と思うようなことでも、即座に反応しない。怒るべき時に怒らない。読者と喜怒哀楽をともにする感受性がない。何より向上心がない。
こう書くと、ろくでもない怠け者ばかりのように誤解されるかもしれないが、その実像に接すると、決してそんなことはない。みんな人間としてはいい子ばかり。日常の会話をしていても、いやな気持ちになることがない。取材相手にもかわいがられていることは、彼らの書いてくる原稿からも伺える。
だが、新聞記者を45年も続けて、それなりにこの仕事に愛着と誇り、自負と自信を持っている人間の基準で見ると、足りないことばかりである。「新聞記者というより、人間として必要なのは向上心。昨日より今日、今日より明日。一歩でも半歩でも前に進むように努力することが肝心」「努力の成果はなかなか目には見えない。でも、そこであきらめたらおしまい。懸命に足を動かし続けていたら、ある日突然、一段上の景色が見えるようになる。ある日気がつけば、こんなに高いところまで登ってきたんだ、と実感できる時が必ずある」というようなことを話し続け、懸命に激励しているのだが、それがなかなか通じない。
入社して間もない記者はそれほどでもない。昨日できなかったことが今日はできるようになった、1カ月前には2時間もかかった原稿がいまは1時間で書けるようになった、と成長を実感する機会が多いからだろう。人は、自らの成長の手応えをエネルギーにして、さらに成長していく。
ところが、それなりに仕事を覚えてきたと自分なりに安心している中堅からベテランにかけての記者たちになるとそうはいかない。気持ちでは懸命に仕事に取り組んでいるのだが、その成果がなかなか実感できない。逆に、手を抜いた取材でも、そこそこの記事は書ける。その結果、努力してもしなくても、結局は同じこと、と思うようになったとしても不思議ではない。
僕の目から見れば、今日は昨日の続きでよし、としている記者と、今日は昨日より一段上の記事が書きたいと思って努力する記者の差は歴然としているのだが、幸か不幸か、その成果は即座には現れない。だから、よほど心してかからないと、昨日の続きでよしとする気分が蔓延する。その結果、職場全体を怠惰な雰囲気が支配し、気がつけば、手の施しようがなくなってしまう。
そういう事態に陥らないように、老骨にむち打って「人間は成長が命。昨日より今日、今日より明日、という気持ちだ何より大切」と、若い人たちを励ましているのだが、なかなか成果につながらない。他者が「励ます」だけでなく、本人の内部からふつふつと「やる気」が出てこない限り、向上心を喚起させることにはならないのだろう。
大阪に「やる気とお日さんは出すもんやない。出てくるもんや」という言い方がある。「明日はやったる」「今度こそがんばろう」と自分に言い聞かせているうちは本物ではない。「やる気はあって当たり前」「がんばるのは標準」。それを意識せず、周囲からあれこれいわれる前に、自主的に課題に取り組めるようになって初めて成果につながる、という感覚を表現したものだろう。僕はこの言い回しが気に入っている。
職場の話から、とりとめもないことをだらだらと書いてきたが、ここからが本題である。ファイターズの諸君も「やる気があって当たり前」「がんばるのは標準」という感覚を是非とも身につけてほしい。コーチや上級生にいわれて「やらされる」のではなく、自らが「俺がやる」「男は黙って、背中で勝負」という感覚で練習に取り組み、試合で力を発揮するのである。
実際、春からの練習や試合を見ていると、そういう「背中で勝負」という姿を見せている上級生が何人か存在する。WRの南本、小山、LBの川端……。決して口数は多くないが、彼らの見せる一つ一つのパフォーマンスから、今季にかける「気持ち」が伝わってくる。そういう選手をお手本に、それぞれの構成員が自らのやる気を引き出してほしい。
いまは少数かもしれないが、彼らが特別の存在ではなく「ファイターズの標準」になったとき、このチームは「えげつないチーム」に成長を遂げるに違いない。
(5)生涯の友
投稿日時:2012/05/03(木) 21:39
先日のコラムで紹介した「2011年度卒業生文集」の後記に、小野宏コーチが次のような挿話を書いている。ファイターズの同期生で、現在は奈良県御所市の市長を務めている東川裕氏を巡るエピソードである。
小野コーチはQB、東川氏はトレーナー。役割は違ったが、ともにファイターズで4年間を過ごし、5年生のときは二人とも初めての5年生コーチを務めた。
東川氏は卒業後、家業の酒屋を継ぎ、そのかたわら街づくりやNPO活動に取り組んでいたが、4年前、周囲から市長に担ぎ出され、全国でも北海道・夕張市に次いで財政状況の悪かった市政の運営を託された。自分の給与を大幅に下げ、退職金も返納。職員の給与も下げ、各種補助金も大胆にカットした。市民から怒鳴りこまれ、議会ではつるし上げられ、大変な苦労をしながら、ようやく「財政健全化団体」から抜け出すところまでこぎ着けた。
そんな東川氏が市長という孤独で重い職責を遂行するにあたり、いつも心掛けていたことがあるという。それは、小野コーチの後記から引用すれば「苦しい決断は自分一人でするしかない。あれもこれもと迷ってばかりです。そんなとき、いつも川原(同期の主将)やったらどう判断するやろか、小野やったらどう考えるやろか、と考えます」ということだった。
このエピソードを読んだとき、思わず「生涯の友」という言葉が浮かんだ。自分がもっとも苦しい時に、友達の存在が確かな実感となって脳裏に浮かぶ。「川原ならどう判断するか」「小野ならどう考えるか」
こうした問いを自らに投げかけた瞬間、迷いは消える。なぜなら、ファイターズで苦楽をともにしたとき、彼らはいつも、こうした問いに的確な回答を示してくれた「友達」であるからだ。「川原が判断するのなら間違いはない」「小野がこう答えるのなら、それに従えばいい」。そういう信頼があるからこそ「問いを投げかけ」ているからだ。
同期といっても、ファイターズで活動するのは、基本的に4年間。実質的には3年半ぐらいのものだろう。もっと厳密にいえば、自らがチーム運営に責任を持つ4年生の1年間だけといってもよい。その短い期間を互いに支え、互いに励まし、互いに叱咤し、互いに目標達成を目指して精進する中で「生涯の友」と呼べる関係が生まれる。
しかし、注意しなければならないことがある。たまたま、同じ学年だったとか、同じポジションだったとかいうだけでは、そうした密度の高い関係は生まれない。同好の士が集まり、愉快に楽しい時間が過ごせればそれで目標達成、というサークル活動と、常に日本1の座を目指し、どんなに苦しい状況にあっても、その目標を完遂することに学生生活をかけるファイターズの活動とは、自ずから違いがあるのだ。
目標が高ければ、要求される内容も高度になる。体力の養成から技術の習得、戦術の理解から精神力の錬磨、チームの運営や下級生の指導、果たさなければならないことは、山ほどある。監督やコーチと信頼関係を築き、卒業生や家族の期待にも応えなければならない。もちろん学業もおろそかにできない。
毎日毎日、汗にまみれ、体力の限界まで自分を痛めつけ、それでも思い通りにプレーできないことの方が多い。チームメートやライバルチームの選手らが簡単にこなしている技法をマスターできずに、悔しい思いをすることも多いだろう。仲間からののしられ、コーチから罵声を浴びて、うちひしがれることもあるだろう。
そんな毎日に耐え、日付が変わればまたグラウンドに顔を出す。そしてまたもや苦しい練習に挑んでいく。
そういう活動の中で、一番頼りになるのは何か。もっとも、心が解放されるのは、どういうときか。
「生涯の友」はそういう場面で姿を現す。「こいつのためならトコトンやったる」「あいつ一人につらい目はさせない。俺がカバーしてやる」「俺があいつを日本1の主将にする」。置かれた立場で言葉は異なるだろうが、一人一人に「生涯の友」という存在がくっきりとした輪郭を持って立ち上がってくるはずだ。
「雨の日の友」という言葉がある。晴れた日、つまり物事がうまくいっているときには、相手の方から寄ってくる。けれども、落ち目になったときには誰も見向きもしない。そんな雨天の日にも快く声をかけてくれるのが本当の友である、というような意味である。
組織がスムーズに運営され、業績も右肩上がりで伸びているとき、個人的にいえば順調に出世の階段を上っているとき、そんなときには周囲のみんなが友人のように振る舞う。けれども、どこかでつまづき、具合が悪くなったときには、そういう友人はいつの間にか姿を消してしまう。世間にはよくあることである。
そんな友人関係をいくら築き上げても意味はない。ファイターズで活動する以上、雨の日にも互いに傘を差し掛けることのできる友人、生涯の友を得るための努力を日々続けてほしい。それは、汗と涙にまみれ、身も心もさらけ出した戦いの果てに、手にすることができるものだと僕は信じている。
小野コーチはQB、東川氏はトレーナー。役割は違ったが、ともにファイターズで4年間を過ごし、5年生のときは二人とも初めての5年生コーチを務めた。
東川氏は卒業後、家業の酒屋を継ぎ、そのかたわら街づくりやNPO活動に取り組んでいたが、4年前、周囲から市長に担ぎ出され、全国でも北海道・夕張市に次いで財政状況の悪かった市政の運営を託された。自分の給与を大幅に下げ、退職金も返納。職員の給与も下げ、各種補助金も大胆にカットした。市民から怒鳴りこまれ、議会ではつるし上げられ、大変な苦労をしながら、ようやく「財政健全化団体」から抜け出すところまでこぎ着けた。
そんな東川氏が市長という孤独で重い職責を遂行するにあたり、いつも心掛けていたことがあるという。それは、小野コーチの後記から引用すれば「苦しい決断は自分一人でするしかない。あれもこれもと迷ってばかりです。そんなとき、いつも川原(同期の主将)やったらどう判断するやろか、小野やったらどう考えるやろか、と考えます」ということだった。
このエピソードを読んだとき、思わず「生涯の友」という言葉が浮かんだ。自分がもっとも苦しい時に、友達の存在が確かな実感となって脳裏に浮かぶ。「川原ならどう判断するか」「小野ならどう考えるか」
こうした問いを自らに投げかけた瞬間、迷いは消える。なぜなら、ファイターズで苦楽をともにしたとき、彼らはいつも、こうした問いに的確な回答を示してくれた「友達」であるからだ。「川原が判断するのなら間違いはない」「小野がこう答えるのなら、それに従えばいい」。そういう信頼があるからこそ「問いを投げかけ」ているからだ。
同期といっても、ファイターズで活動するのは、基本的に4年間。実質的には3年半ぐらいのものだろう。もっと厳密にいえば、自らがチーム運営に責任を持つ4年生の1年間だけといってもよい。その短い期間を互いに支え、互いに励まし、互いに叱咤し、互いに目標達成を目指して精進する中で「生涯の友」と呼べる関係が生まれる。
しかし、注意しなければならないことがある。たまたま、同じ学年だったとか、同じポジションだったとかいうだけでは、そうした密度の高い関係は生まれない。同好の士が集まり、愉快に楽しい時間が過ごせればそれで目標達成、というサークル活動と、常に日本1の座を目指し、どんなに苦しい状況にあっても、その目標を完遂することに学生生活をかけるファイターズの活動とは、自ずから違いがあるのだ。
目標が高ければ、要求される内容も高度になる。体力の養成から技術の習得、戦術の理解から精神力の錬磨、チームの運営や下級生の指導、果たさなければならないことは、山ほどある。監督やコーチと信頼関係を築き、卒業生や家族の期待にも応えなければならない。もちろん学業もおろそかにできない。
毎日毎日、汗にまみれ、体力の限界まで自分を痛めつけ、それでも思い通りにプレーできないことの方が多い。チームメートやライバルチームの選手らが簡単にこなしている技法をマスターできずに、悔しい思いをすることも多いだろう。仲間からののしられ、コーチから罵声を浴びて、うちひしがれることもあるだろう。
そんな毎日に耐え、日付が変わればまたグラウンドに顔を出す。そしてまたもや苦しい練習に挑んでいく。
そういう活動の中で、一番頼りになるのは何か。もっとも、心が解放されるのは、どういうときか。
「生涯の友」はそういう場面で姿を現す。「こいつのためならトコトンやったる」「あいつ一人につらい目はさせない。俺がカバーしてやる」「俺があいつを日本1の主将にする」。置かれた立場で言葉は異なるだろうが、一人一人に「生涯の友」という存在がくっきりとした輪郭を持って立ち上がってくるはずだ。
「雨の日の友」という言葉がある。晴れた日、つまり物事がうまくいっているときには、相手の方から寄ってくる。けれども、落ち目になったときには誰も見向きもしない。そんな雨天の日にも快く声をかけてくれるのが本当の友である、というような意味である。
組織がスムーズに運営され、業績も右肩上がりで伸びているとき、個人的にいえば順調に出世の階段を上っているとき、そんなときには周囲のみんなが友人のように振る舞う。けれども、どこかでつまづき、具合が悪くなったときには、そういう友人はいつの間にか姿を消してしまう。世間にはよくあることである。
そんな友人関係をいくら築き上げても意味はない。ファイターズで活動する以上、雨の日にも互いに傘を差し掛けることのできる友人、生涯の友を得るための努力を日々続けてほしい。それは、汗と涙にまみれ、身も心もさらけ出した戦いの果てに、手にすることができるものだと僕は信じている。
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