石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(34)語り継ぐ記憶
師走である。普段はおっとりした先生までが走り回るほど、世間はせわしく忙しい。
僕は、週末にちょこっと大学の仕事をしながら、週の大半は現役の新聞記者として働いている。新聞は毎日発行されるから、当然、毎日が飛ぶように過ぎていく。いまは正月紙面と、日常の紙面の制作が同時並行で進んでいるから、特別に忙しい。
一応、編集の長という立場にあるから、職場の責任者としての仕事もある。絵画コンクールの審査員を務めたり、小学校で臨時の講師を務めたりすることもある。酒は飲まないが、義理がからんで、夜の飲み会につきあうこともある。もちろん、記者だから日々の原稿を書くのは本業だ。
というような次第で、先週は1度も練習を見に行くことが出来なかった。立命戦が終わり、名城大との戦いが終わって、いまは日大との決戦に向けて、一番大事な時なのに、そんなときに選手やスタッフの動きを見ることが出来ないのは、本当につらい。このコラムを書くための最新の材料も仕入れられない。
ということで、今回はいつもとは少し違った視点で書いてみる。
アシスタントコーチ、とくに5年生、6年生たちの働きのことである。彼らがどんな風にチームに関わり、どんな気持ちで後輩の部員と接しているか。その実態は、外部からはなかなかうかがえるものではない。でも、注意して見ていると、少なくともこの2年間、つまりそれぞれ4年生のときに主将を務めた松岡君と梶原君が5年生でアシスタントコーチを務めてくれた2年間は、彼らの働きがあって、初めてチームが機能したと思わせられる場面がいくつかあった。
監督やコーチと部員との架け橋として、彼らが果たす役割はもちろん大きい。けれどもそれ以上に、強力な練習台として、あるいは体を張って自らが習得した技術を後輩に伝達する役割がある。さらに大きいのは、部員たちの兄貴分として、精神的な支えになり、同時に厳しいことも指摘する役割である。
昨年は、松岡君や香山君、重田君らが毎日のようにグラウンドに顔を出し、献身的に後輩を育ててくれた。今年も梶原君や畑君、高吹君、廣田君らがグラウンドに足を運び、練習台になり、いろいろなアドバイスをしてくれている。前主務の鈴木君は高校生の試合にまで足を運び、リクルーターの仕事も手伝っている。香山君は2年続けてDBを鍛える役割を果たしている。今季の守備陣が突出して安定しているのも、香山君や梶原君の存在を抜きには考えられない。
彼らがどんな気持ちで後輩に接し、どんな風に彼らのことを思っているか。その一端がうかがえる文章を立命戦の1週間ほど前、DBを指導している香山君がつづってくれた。本人の了解が得られたので、その一部を紹介する。
「(前略)春先や夏ごろまでは、4年生に腹の立つことが多々あった。口先だけで、本気ではなかったからだ。しかしいまは、そんな風に感じることはない。それは、幹部の存在が大きい。幹部は見ていても、本当にいろんな意味で成長したし、他の4年も必死に戦う人間が増えてきている。まだまだこのチームは強くなる可能性を秘めている」
「だが、どれだけ長くても、2か月足らずでこのチームは終わり、また新しいチームに変わる。だからこの時期はより一層、1日1日を大切にしなければならない。チームが最高の状態で立命戦に挑まなければ勝てない。それが立命というチームである。シーズンを通して4年生が中心となってチームを成長させ、最後に長居で戦う。そこで勝利するにはチームとしての完成度、4年の意地しかないと私は思う」
「相手がどれだけ強かろうが、うまかろうが関係ない。今まで取り組んできたことにプライドを持ち、不安を自信に変え、ただただ無心に戦えば、結果はついてくる。今年の4年にはそれが出来るはずだ。残り1週間をすべて立命に懸け、分析し、第3フィールドで戦う。結局、練習でできることしか試合ではできない。本当に残り時間を有意義なものにしてほしい」
「私自身も今年で最後だが、今年の4年には私が4年の時にすごく助けられた。だから最後には、絶対こいつらを男にして卒業する。その強い意志をもって取り組みたい」
以上のような内容である。彼の気持ち、心情が胸に響くではないか。
ファイターズでは現役選手だけが戦っているのではない。5年生、6年生になってアシスタントコーチを務める彼らもまた戦っている。その戦いを通して「戦いの記憶」や「悔しい記憶」を語り継ぎ、それが歴史となり伝説となって、チームに残されていく。こうした無形の財産をどのチームより多く保有し、またいまも積み重ねているのがファイターズである。
舞台は長居から甲子園に移り、相手も立命から日大に変わる。でも、先ほど引用した香山君の言葉は、固有名詞を立命から日大に変えただけで、そのまま通用する。
「今まで取り組んできたことにプライドを持ち、不安を自信に変え、ただただ無心に戦えば結果はついてくる」。そのために、残る短い期間、第3フィールドでの戦いに全力をつくしてほしい。
僕は、週末にちょこっと大学の仕事をしながら、週の大半は現役の新聞記者として働いている。新聞は毎日発行されるから、当然、毎日が飛ぶように過ぎていく。いまは正月紙面と、日常の紙面の制作が同時並行で進んでいるから、特別に忙しい。
一応、編集の長という立場にあるから、職場の責任者としての仕事もある。絵画コンクールの審査員を務めたり、小学校で臨時の講師を務めたりすることもある。酒は飲まないが、義理がからんで、夜の飲み会につきあうこともある。もちろん、記者だから日々の原稿を書くのは本業だ。
というような次第で、先週は1度も練習を見に行くことが出来なかった。立命戦が終わり、名城大との戦いが終わって、いまは日大との決戦に向けて、一番大事な時なのに、そんなときに選手やスタッフの動きを見ることが出来ないのは、本当につらい。このコラムを書くための最新の材料も仕入れられない。
ということで、今回はいつもとは少し違った視点で書いてみる。
アシスタントコーチ、とくに5年生、6年生たちの働きのことである。彼らがどんな風にチームに関わり、どんな気持ちで後輩の部員と接しているか。その実態は、外部からはなかなかうかがえるものではない。でも、注意して見ていると、少なくともこの2年間、つまりそれぞれ4年生のときに主将を務めた松岡君と梶原君が5年生でアシスタントコーチを務めてくれた2年間は、彼らの働きがあって、初めてチームが機能したと思わせられる場面がいくつかあった。
監督やコーチと部員との架け橋として、彼らが果たす役割はもちろん大きい。けれどもそれ以上に、強力な練習台として、あるいは体を張って自らが習得した技術を後輩に伝達する役割がある。さらに大きいのは、部員たちの兄貴分として、精神的な支えになり、同時に厳しいことも指摘する役割である。
昨年は、松岡君や香山君、重田君らが毎日のようにグラウンドに顔を出し、献身的に後輩を育ててくれた。今年も梶原君や畑君、高吹君、廣田君らがグラウンドに足を運び、練習台になり、いろいろなアドバイスをしてくれている。前主務の鈴木君は高校生の試合にまで足を運び、リクルーターの仕事も手伝っている。香山君は2年続けてDBを鍛える役割を果たしている。今季の守備陣が突出して安定しているのも、香山君や梶原君の存在を抜きには考えられない。
彼らがどんな気持ちで後輩に接し、どんな風に彼らのことを思っているか。その一端がうかがえる文章を立命戦の1週間ほど前、DBを指導している香山君がつづってくれた。本人の了解が得られたので、その一部を紹介する。
「(前略)春先や夏ごろまでは、4年生に腹の立つことが多々あった。口先だけで、本気ではなかったからだ。しかしいまは、そんな風に感じることはない。それは、幹部の存在が大きい。幹部は見ていても、本当にいろんな意味で成長したし、他の4年も必死に戦う人間が増えてきている。まだまだこのチームは強くなる可能性を秘めている」
「だが、どれだけ長くても、2か月足らずでこのチームは終わり、また新しいチームに変わる。だからこの時期はより一層、1日1日を大切にしなければならない。チームが最高の状態で立命戦に挑まなければ勝てない。それが立命というチームである。シーズンを通して4年生が中心となってチームを成長させ、最後に長居で戦う。そこで勝利するにはチームとしての完成度、4年の意地しかないと私は思う」
「相手がどれだけ強かろうが、うまかろうが関係ない。今まで取り組んできたことにプライドを持ち、不安を自信に変え、ただただ無心に戦えば、結果はついてくる。今年の4年にはそれが出来るはずだ。残り1週間をすべて立命に懸け、分析し、第3フィールドで戦う。結局、練習でできることしか試合ではできない。本当に残り時間を有意義なものにしてほしい」
「私自身も今年で最後だが、今年の4年には私が4年の時にすごく助けられた。だから最後には、絶対こいつらを男にして卒業する。その強い意志をもって取り組みたい」
以上のような内容である。彼の気持ち、心情が胸に響くではないか。
ファイターズでは現役選手だけが戦っているのではない。5年生、6年生になってアシスタントコーチを務める彼らもまた戦っている。その戦いを通して「戦いの記憶」や「悔しい記憶」を語り継ぎ、それが歴史となり伝説となって、チームに残されていく。こうした無形の財産をどのチームより多く保有し、またいまも積み重ねているのがファイターズである。
舞台は長居から甲子園に移り、相手も立命から日大に変わる。でも、先ほど引用した香山君の言葉は、固有名詞を立命から日大に変えただけで、そのまま通用する。
「今まで取り組んできたことにプライドを持ち、不安を自信に変え、ただただ無心に戦えば結果はついてくる」。そのために、残る短い期間、第3フィールドでの戦いに全力をつくしてほしい。
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