石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
(36)勝者の白い帽子
冬にはまれな暖かい日差しを浴びて始まった甲子園ボウル。グラウンドでは、ファイターズとトマホークスの互いにねじり合うようなタフな試合が展開されている。
得点は17-17。自陣14ヤード、残り時間は1分45秒。ここからファイターズの攻撃が始まる。
まずは畑からWR小山に19ヤードのパスが通ってダウン更新。次は畑からWR梅本への5ヤード、同じくWR南本へのパスがヒットして再びダウンを更新、中央付近まで陣地を進める。
すぐにスパイクで時間を止め、残り時間は1分14秒。ここで畑からWR大園へ25ヤードのパスが通り、相手ゴール前27ヤード。ぎりぎりでフィールドゴールを狙える地点までたどり着く。しかし、甲子園ボウルの舞台は野球場。この付近は急きょ、この試合に備えて土のグラウンドに芝生を張った場所であり、足下が微妙に狂う可能性がある。だからこそ、タッチダウンを狙いたい。それが無理でも、ゴールになるだけ近付き、中央から余裕を持って蹴りたい。
残り時間は1分2秒。だが、畑から小山へ投じた2本のパスがともに目標をそれて失敗。最後のターゲットはレシーバーのパートリーダー南本。左サイドライン際に投じられたパスを南本が懸命にキャッチしてゴール前7ヤード。
17-17。味方のちょっとしたミス、相手のビッグプレーで、直ちに勝敗がひっくり返る緊迫した状況で、一つ一つのプレーを確実につなぎ、1分足らずの間に、畑とレシーバー陣はパスだけで79ヤードを進めた。練習で築き上げた互いの信頼関係があったからだ。4年生の畑、小山、南本、3年生の梅本、2年生の大園。これにこの日、94ヤードののキックオフリターンTDと48ヤードTDパスキャッチの離れ業を演じた2年生の木戸を加えたワイドレシーバー陣の信頼関係は、攻撃の司令塔であり、先発を予定されていた畑のアクシデントがあっても崩れることはなかった。
日ごろから、どのパートよりも早くグラウンドに降り、グラウンドの真ん中に陣取って短いパス、長いパスを投げ分け、距離やタイミングを合わせてきた。南本が精神的な支柱になり、小山がプレーをリードし、梅本や木戸が体を張って続けてきたレシーバー陣とQB陣の努力が、この79ヤードのドライブとして表現されたのである。
足を痛め、試合前の練習もできなかった畑が懸命にパスを投げ、時には軌道の乱れるそのパスをレシーバー陣が必死に確保する。鬼気迫るプレーとは、こういう場面をいうのだろう。それはファイターズの面々がこの1年間、必死に追い求めてきた「仲間への信頼」が形になった瞬間だった。
遠く離れたスタンドからでは、選手の表情は見えない。けれども、チームのために、勝利のために気高く戦おう、美しく戦おうと、全身全霊を込めてプレーしている選手たちの必死さは、痛いほど伝わってくる。見ているだけで涙がにじんできた。
そしてサードダウンゴール。RB望月がゴール前2ヤードまで持ち込んで、中央付近からフィールドゴールトライ。慎重にタイムアウトを取って、残り時間2秒とした後、安定感抜群のキッキングチームに守られた堀本が確実に決めて20-17。それとともに試合終了。エースQBを欠いたままで進めた苦しい戦いに勝利した。
ただちに勝利監督の放送用のインタビューや表彰式。それが終わるのを待ちかねたように、ライン沿いに整列した選手全員が3塁側内野席からアルプス席を埋めたファンの方に向き直る。校歌「空の翼」の大合唱。選手の後方に並んでいるコーチやスタッフも、懸命にそれに唱和する。事前に、グラウンドに降りられるカードを用意していたので、僕も選手たちの後方に立って、思い切り歌う。
進行の合間に、選手とチーム関係者全員に白い帽子が配られる。「2012 CHAMPIONS」と書き、ファイターズのロゴマークを入れた優勝キャップ。昨年の甲子園ボウルに続いて、アンダーアーマー社から提供されたという。勝利者だけが着用できる特別の帽子である。
選手たちは全員、それをかぶり、互いに喜びを分かち合っている。集合写真の撮影が終われば、パートごとの写真。携帯カメラを構え、インタビューを受けている仲間にも声を掛けて呼び集める。
全員、はじけるような笑顔である。コーチたちもニコニコとそれを見つめている。冗談を言って笑わせるコーチもいる。日ごろは厳しい兄貴分として振る舞う5年生コーチも、選手と一緒になって写真に収まっている。手を上げ、帽子を振り回す選手がいる。鳥内監督と二人の息子(LBの貴央君とDBの將希君)を並ばせて記念のスナップを撮る、気の利いたスタッフがいる。二人の息子の肩を抱いた監督の笑顔が何よりもこの勝利の喜びを物語っている。
夕日が落ちると、空に弦月。僕たち関西学院に連なる者にとっては、特別の意味を持つ三日月が輝き始めた。
僕は生涯、三日月を見るたびに、白い帽子を見るたびに、この日の苦しい勝利、試練に耐えて、また耐えてつかんだ劇的な勝利を思い出すことだろう。最後の攻撃シリーズをクライマックスに演出したディフェンス陣、苦しい中、懸命に試合を作ったオフェンスラインとRB陣、そして大舞台の経験がないのに、必死で試合をリードした2年生QBの斎藤……。彼らの顔と、握手を交わした手の感触が忘れられない。
得点は17-17。自陣14ヤード、残り時間は1分45秒。ここからファイターズの攻撃が始まる。
まずは畑からWR小山に19ヤードのパスが通ってダウン更新。次は畑からWR梅本への5ヤード、同じくWR南本へのパスがヒットして再びダウンを更新、中央付近まで陣地を進める。
すぐにスパイクで時間を止め、残り時間は1分14秒。ここで畑からWR大園へ25ヤードのパスが通り、相手ゴール前27ヤード。ぎりぎりでフィールドゴールを狙える地点までたどり着く。しかし、甲子園ボウルの舞台は野球場。この付近は急きょ、この試合に備えて土のグラウンドに芝生を張った場所であり、足下が微妙に狂う可能性がある。だからこそ、タッチダウンを狙いたい。それが無理でも、ゴールになるだけ近付き、中央から余裕を持って蹴りたい。
残り時間は1分2秒。だが、畑から小山へ投じた2本のパスがともに目標をそれて失敗。最後のターゲットはレシーバーのパートリーダー南本。左サイドライン際に投じられたパスを南本が懸命にキャッチしてゴール前7ヤード。
17-17。味方のちょっとしたミス、相手のビッグプレーで、直ちに勝敗がひっくり返る緊迫した状況で、一つ一つのプレーを確実につなぎ、1分足らずの間に、畑とレシーバー陣はパスだけで79ヤードを進めた。練習で築き上げた互いの信頼関係があったからだ。4年生の畑、小山、南本、3年生の梅本、2年生の大園。これにこの日、94ヤードののキックオフリターンTDと48ヤードTDパスキャッチの離れ業を演じた2年生の木戸を加えたワイドレシーバー陣の信頼関係は、攻撃の司令塔であり、先発を予定されていた畑のアクシデントがあっても崩れることはなかった。
日ごろから、どのパートよりも早くグラウンドに降り、グラウンドの真ん中に陣取って短いパス、長いパスを投げ分け、距離やタイミングを合わせてきた。南本が精神的な支柱になり、小山がプレーをリードし、梅本や木戸が体を張って続けてきたレシーバー陣とQB陣の努力が、この79ヤードのドライブとして表現されたのである。
足を痛め、試合前の練習もできなかった畑が懸命にパスを投げ、時には軌道の乱れるそのパスをレシーバー陣が必死に確保する。鬼気迫るプレーとは、こういう場面をいうのだろう。それはファイターズの面々がこの1年間、必死に追い求めてきた「仲間への信頼」が形になった瞬間だった。
遠く離れたスタンドからでは、選手の表情は見えない。けれども、チームのために、勝利のために気高く戦おう、美しく戦おうと、全身全霊を込めてプレーしている選手たちの必死さは、痛いほど伝わってくる。見ているだけで涙がにじんできた。
そしてサードダウンゴール。RB望月がゴール前2ヤードまで持ち込んで、中央付近からフィールドゴールトライ。慎重にタイムアウトを取って、残り時間2秒とした後、安定感抜群のキッキングチームに守られた堀本が確実に決めて20-17。それとともに試合終了。エースQBを欠いたままで進めた苦しい戦いに勝利した。
ただちに勝利監督の放送用のインタビューや表彰式。それが終わるのを待ちかねたように、ライン沿いに整列した選手全員が3塁側内野席からアルプス席を埋めたファンの方に向き直る。校歌「空の翼」の大合唱。選手の後方に並んでいるコーチやスタッフも、懸命にそれに唱和する。事前に、グラウンドに降りられるカードを用意していたので、僕も選手たちの後方に立って、思い切り歌う。
進行の合間に、選手とチーム関係者全員に白い帽子が配られる。「2012 CHAMPIONS」と書き、ファイターズのロゴマークを入れた優勝キャップ。昨年の甲子園ボウルに続いて、アンダーアーマー社から提供されたという。勝利者だけが着用できる特別の帽子である。
選手たちは全員、それをかぶり、互いに喜びを分かち合っている。集合写真の撮影が終われば、パートごとの写真。携帯カメラを構え、インタビューを受けている仲間にも声を掛けて呼び集める。
全員、はじけるような笑顔である。コーチたちもニコニコとそれを見つめている。冗談を言って笑わせるコーチもいる。日ごろは厳しい兄貴分として振る舞う5年生コーチも、選手と一緒になって写真に収まっている。手を上げ、帽子を振り回す選手がいる。鳥内監督と二人の息子(LBの貴央君とDBの將希君)を並ばせて記念のスナップを撮る、気の利いたスタッフがいる。二人の息子の肩を抱いた監督の笑顔が何よりもこの勝利の喜びを物語っている。
夕日が落ちると、空に弦月。僕たち関西学院に連なる者にとっては、特別の意味を持つ三日月が輝き始めた。
僕は生涯、三日月を見るたびに、白い帽子を見るたびに、この日の苦しい勝利、試練に耐えて、また耐えてつかんだ劇的な勝利を思い出すことだろう。最後の攻撃シリーズをクライマックスに演出したディフェンス陣、苦しい中、懸命に試合を作ったオフェンスラインとRB陣、そして大舞台の経験がないのに、必死で試合をリードした2年生QBの斎藤……。彼らの顔と、握手を交わした手の感触が忘れられない。
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