川口仁「日本アメリカンフットボール史-フットボールとその時代-」 2013/5

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#44 フットボール伝来記―YMCAとバタフライ効果

投稿日時:2013/05/22(水) 20:40

 バタフライ効果という理論がある。この言葉は1972年アメリカ科学振興協会でエドワード・ローレンツがおこなった講演のタイトル『予測可能性、ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすか』に由来する。くだけて解釈すれば「風が吹けば桶屋が儲かる」の地球規模版と言えようか。

1840年代の10年間に起こったいくつかの事柄は、20世紀になり、さまざまな領域で大きな影響をもたらすことになった。以下、主なできごとを時系列に並べると。

1844年 ロンドンでYMCA創設
 ジョージ・ウィリアムズら教派を異にする12名のキリスト教青年により設立された。この活動はアメリカに渡り、その後1885年に体育の指導者育成を目的とした国際YMCAトレーニング・スクールが創立される。

1845年 ベースボールの始まり
 ニューヨークのニッカボッカ・ベースボール・クラブでルールの整備が行われた。

1848年 ヨーロッパ各地で革命
 この潮流は近代国家成立の礎となって行く。2月、フランス、3月、ドイツで革命。続いてオーストリア、イタリア、ハンガリーへ波及。また9月にはスイスで連邦憲法が制定された。

 ロンドンで『共産党宣言』出版

 サッカー、ケンブリッジ・ルールの制定
 それまで地域あるいはチーム間でばらばらであった民俗フットボールのルールがケンブリッジ・ルールとして整理される。1863年、イングランドでフットボール・アソシエーションが設立された際、ルールはこのケンブリッジ・ルールが元になった。

1849年 ゴールド・ラッシュ
 1848年、アメリカ西海岸で金が発見される。翌年の1849年が最盛期となる。時代精神であった「ゴー・ウエスト」が太平洋を渡り現在、日本を含むアジア、イスラム圏に至っている。ついでながら、ジョン万次郎は帰国の資金を得るためサンフランシスコに向かう人々の中にあった。またNFL、サンフランシスコ・フォーティナイナーズのニックネームもこの年号に由来している。

 上記の最初に挙げたYMCAの活動はフットボールが日本に伝わる歴史のなかでいくつかの痕跡を残している。

1920年 
 シカゴ大学他、諸大学に留学した東京高等師範学校の岡部平太が日本で最初にフットボールを紹介し何試合かのゲームを実施する。岡部が師事したシカゴ大学のエイモス・アロンゾ・スタッグは体育局長、フットボール部のヘッド・コーチであった。スタッグはエール大学、国際YMCAトレーニング・スクールを経てシカゴ大学に招聘されていた。岡部はこの国際YMCAトレーニング・スクールも視察している。      

1927年
 東京高等師範学校のラグビー部においてフットボールの研究、出版に加え、部内での紅白ゲームを行う。この時の主要メンバーであった竹内一は国際YMCAトレーニング・スクールに留学する。

1932年
 大阪YMCAの体育主事、松葉徳三郎がロスアンジェルスのオリンピクを視察。オリンピックの公開競技として行われたフットボールの剛健さに感銘を受ける。帰国後、母校関西大学でフットボール部を1935年に創設。この時協力したのは、国際YMCAトレーニング・スクールに留学した石渡俊一、同校出身であり卒業後大阪YMCAの体育主事となった日系人の竹内伝一である。

1934年
 1923年、東京YMCAは関東大震災で大きな被害を被った。これを立て直すためにポール・ラッシュはアメリカのYMCAより派遣される。1934年、明治大学の松本瀧蔵からフットボールのリーグ戦設立のためラッシュは協力を求められ、明治大学、早稲田大学、立教大学の3チームによるリーグ戦を12月にスタートさせた。その事前PRのため公開ゲームを11月29日に行った。

 上記のことがらよりはるかに時代は下るが1972年、武田建著『近代アメリカン・フットボール』は日本YMCA同盟出版より発行された。

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