石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」 2009/5

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(8)2週連続の厳しい試合を糧に

投稿日時:2009/05/20(水) 09:15

 京大は強い、というのが試合後の正直な感想だった。いま振り返っても、どうして勝てたのか、不思議な気がする。
 5月17日。新型インフルエンザ騒ぎの渦中で行われた京大戦。ぽつぽつと雨の降るエキスポフィールドは、初夏とは思えないほど寒かった。
 試合内容も、観戦されたファイターズファンのほとんどが「寒い」と受け止められたのではないか。試合の記録を見れば、京大の攻撃はパスが186ヤード、ランが210ヤードで計396ヤード。それに対してファイターズは82ヤードと168ヤードの計250ヤード。ダウンの更新回数も京大が20回でファイターズは15回。おまけにファイターズは、ファンブルで2度、インターセプトで2度、計4回も攻撃権を失っている。攻撃のプレー数も時間も、圧倒的に京大が上回った。
 あまりにも初歩的なミスでフィールドゴールをブロックされた場面を含め、スタンドのファンからブーイングが出たのも理由のあることである。
けれども、どんな事柄だって、見方を変えれば、また違う景色が見えてくる。例えば「京大はわれわれが思っていた以上に力を付けていた」ということを、冷静に受け止める視点で見れば、苦しかったあの試合の見方も変わってくるはずである。
 実際、下級生のころから試合に出続けて経験を積んでいる京大DB陣の動きは素晴らしかった。ファイターズの誇るWR陣をぴったりマークし、なかなか付け入る隙を与えてくれない。小野コーチが「間違いなくここ数年の京大では、一番強力なチーム。ベンチも関学のパスオフェンスを研究し尽くしている。われわれも考え直さなくては」と舌を巻いたほどだ。
 動きがよかったのは山口、又賀のLB陣も同様である。浅海の低いパスを地面すれすれでかすめ取った又賀のプレーなんて、素早さでは定評のある立命のLBも顔負けだった。
 オフェンスも力強かった。下級生のころから先発しているQB桐原は自信たっぷりにパスを投げるし、それを受ける中村、坂田のWR陣も、昨年から京大オフェンスのキーマンとして活躍してきた選手だ。厄介なことに、今年は中央を突いてくるRB曽田のランプレーが効果的に決まり、なかなか止められない。
 「急所でダブルチームされ、自由に動かせてもらえなかった。1対1では負けていないと思うのですが」と、先発した関学DLの一人が嘆くほど、よくデザインされたランプレーであり、関学ディフェンスを圧倒した。
 こういう強力な相手に、しかし得点は14-10。ファイターズが上回り、勝利をもぎ取った。応援席のファンからは異論が出るかもしれないが、僕は「よくがんばった」と褒めていいのではないかと思う。
 もちろん、立命に勝つ、日本1になるというチームの目標から考えれば、立命に大敗した日大になんとかせり勝った、京大にもギリギリの接戦をしのいで勝った、といって満足するようなことは許されない。古いOBやファンから厳しい叱声が飛ぶのは当然であろう。
 けれども、そんなに苦しい試合でも、負けなかったことは事実である。大所帯であるがゆえに、試合経験の少ない選手たちが懸命に踏みとどまり、苦しい試合を逆転につなげたことは評価してよいと思う。
 こういうことを書くと、OB会長の奥井さんあたりから「甘い。もっと厳しく書いて」と叱られそうだ。けれども、お叱りは承知の上で、あえて書かせていただく。
 この日の先発メンバーには、昨季は控えに回っていた選手が大勢いる。DLなんて、昨年のこの時期には、練習に参加するのがやっとだった東元、長島、佐藤の2年生トリオがスタメンだ。3年生の村上も含めて、いまが伸び盛りだが、みんな試合で経験を積んでいかなければならない選手ばかりである。
 攻撃も、QBの浅海をはじめ、ラインの村田や高田はほとんど試合に出ていなかった。副将の亀井もけがで試合に出ることは少なかったし、2年生の谷山もその才能を発揮するのはこれからだろう。バック陣を見ても、素晴らしいスピードを持っている2年生の松岡や、この日45ヤードの独走をした久司、日大戦で24ヤードの逆転TDランを決めた稲村の3年生コンビも、昨季はほとんど試合に出ていない。
 こういう面々が、日大や京大という厳しい戦いをしてくるチーム相手に活躍。負けない試合をした。このことは、素直に評価してもいいのではないか。問題は、彼らが今後、日大戦や京大戦で明らかになった課題の克服にどう取り組むかである。2週連続の厳しい戦いを糧に、さらなる精進をしてもらいたい。

(7)日大戦の収穫

投稿日時:2009/05/12(火) 22:03

 駆け出しの新聞記者として、事件現場を走り回っていたころの話である。
 締め切り時間ギリギリになって、どうしても掲載しなければならない事件や事故が起きることはよくあった。締め切りまで10分とか5分、ときには締め切り時間を過ぎているのに「勝負」を挑まなければならない事も再三だった。
 そんなときは、当然のことながら、悠長に原稿を書いていられない。事件現場で見たこと聞いたことを、メモ帳を片手に原稿に仕上げながら電話か無線で送稿する。極端な場合、メモ帳が白紙でも、原稿にして送らなければならない。勝負は新聞に載るか載らないか。たとえ10行の記事でも、載れば勝ち。載らなければ負けである。その現実を前にしては、どんな言い訳も通用しない。
 こういう場合に送稿する原稿を、社会部の記者は「勧進帳」と呼んでいた。あの弁慶が安宅の関で、白紙の巻物をさも立派な内容が書かれているように見せかけて読み上げた、歌舞伎の名場面にちなんだ命名である。
 僕は緻密な原稿は苦手だったが、火事場のバカ力というか、事件現場での瞬発力はあったので、この手の修羅場になると、結構、力を発揮した。競争する各社の若手記者と「ヨーイ、どん」でスタートしたときに負けた覚えはない。勧進帳で送った原稿の方が、じっくり書いた原稿よりよく書けていると、不本意な褒められ方をしたことも少なくない。
 前置きが長くなった。
 実は先日の日大戦の試合の模様をメモしたノートを、西宮の自宅に忘れてきたのである。いまは紀州・田辺の仕事場でこのコラムを書いているが、肝心の試合の進行をメモしたノートがないので、かすかな記憶を頼りに、いわば白紙の「勧進帳」で、書き進めなければならないのである。週末に西宮に戻ってから書こうかとも考えたが、日大戦の報告を心待ちにされているファンも多い(だれも待ってない、ってか)と思うので、あえて書かせてもらう。記憶が間違っていたら「ごめんなさい」である。
 両校が赤と青のジャージを着て対戦するのは関西では14年ぶりという。日大のレシーブで始まったこの試合、立ち上がりは全くの互角。日大はデカくて速くて強いラインの圧力を生かしてぐいぐい攻めてくるし、ファイターズはQB加藤の短いパスとRB河原の切れのよいランで活路を開く。
 膠着状態のまま迎えた第1Q8分24秒。日大のミスにつけ込んで陣地を進めたファイターズが、加藤からWR萬代へ絶妙のスクリーンパスを決めてTD。まずは先手をとる。
 しかし、ファイターズが主導権をとったのはここまで。後は日大の怒涛の攻めが続く。第2Qから第3Q前半までは、それでもDBの頼本や善元が急所でインターセプトを決め、なんとか得点を与えなかったが、ついに第3Q8分16秒にFG、11分16秒には相手QBにTDを決められ、逆転された。
 攻めてはオフェンスラインが割られ、QBがパスを投げる余裕がない。守っては、体格に勝る相手OLの圧力を食い止められない。DLの平澤や村上の素早い動きと、副将古下を中心にしたLB陣の奮闘で追加点こそ許さなかったが、ファイターズにとってはつらい状況が続く。
 それでも、後半から交代したQB浅海を中心に必死の反撃を続ける。WRの松原や柴田、和田らにピンポイントのパスを通し、何とか活路を開く。タイムアウトで時計を止めながら、我慢、我慢のプレーで陣地を進め、やっとフィールドゴールを狙える場所まで漕ぎ着ける。残り時間は1分13秒。せめてもう3ヤードから5ヤードは進めてほしいと思った場面で、浅海からRB稲村にハンドオフ。ここで稲村が相手守備陣を巧妙に交わして右オープンを駆け上がり、24ヤードのTD。逆転に成功した。
 14-10。かろうじて勝負には勝った。けれども、ファーストダウンの数でも、獲得ヤードでも、ファイターズは日大に及ばなかった。現場で観戦していても、勝利を喜べるような雰囲気ではなかった。古いOBからは罵声が飛ぶし、試合後の鳥内監督の発言も、まるで敗軍の将の言葉だった。
 記者団の質問に、監督は「相手はキャプテンも出してないし、エースQBも出してない。それでも押しまくられている。立命に勝ち、社会人に勝とうというなら、まずは戦えるパワーをつけなあきません。練習方法から見直します」と答えていた。完敗と認めるような発言だった。
 けれども、そんな試合であっても、収穫はあった。前半の加藤、後半の浅海という二人のQBが必死に試合を作ってくれた事である。とくに相手がリードし、勢いに乗っていた後半を担った浅海がよく我慢した。失敗しても失敗してもパスを投げ、自ら走り、必死に攻撃権を繋いだ。相手の厳しい圧力を交わしながら、長いパスも何度か決めた。
 3年生の時までは、ランプレー限定のQBと思われていた彼が、必死にパスを投げ続ける姿を見ながら、僕は「失敗してもよい。パスを投げ続けろ。この苦しみがきっと明日の糧になる」と声援を送っていた。
 敗戦に近い勝利。監督はもちろん、古いOBの方々には、満足からはほど遠い試合内容だったと思う。けれども、どちらかと言えばあきらめの早い浅海が、苦しみに耐え、最後までキレることなく攻撃を支配したことが、この日の一番の収穫だったと僕は思っている。
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