石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」 2008/9

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(21)司法試験合格者へのインタビュー

投稿日時:2008/09/29(月) 12:28

 先日発表された新司法試験の合格者の中に、ファイターズOBの寺川拓氏(97年卒)の名前があった。ご承知の通り、この試験は法科大学院(ロースクール)を卒業した人だけが受験できる制度で、今年は受験者6,261人中2,065人が合格した。関学の法科大学院からは168人が受験し、合格者は51人だった。
 従来の司法試験は何度でも受験できたが、この制度では受験機会が3回に限られている。判事や検事、弁護士になるためには必ず通過しなければならない難関中の難関である。
 「ファイターズのOBには、税理士も医者もいますが、司法試験の合格者は初めてではないですか。よう頑張りました。彼の努力を知って、現役部員も大いに力づけられるでしょう」と鳥内監督も絶賛する。
 寺川氏は大学を卒業後、阪急百貨店に入社、5年間勤務した。かたわら、社会人アメフットチーム「阪急ブルーインズ」でも活躍し、チームがXリーグの1部に昇格したときには主将も務めていた。
 早速、寺川氏に会って、話を聞いた。
 -会社務めを辞めて、弁護士を志望された動機からお聞きします。
 -もともと、人とふれあう仕事がしたくて百貨店に就職したのですが、実際の仕事は仕入れとかもめごとの解決とか。自分自身が職場環境に合わせて成長すればよかったのですが、その努力もせず……。勉強し直して医者になろうか、針灸師になろうか、それとも司法書士はどうか、とか考えていました。悩んでいたところに、社会人チームの先輩の弁護士さんから「今度、ロースクールというものができる。そこを卒業すれば7割は(司法試験に)合格する」という話を聞いて「よし、それなら」と挑戦することにしたんです。
 〈2004年春に関学の法科大学院に入学、2006年春に卒業。2006年5月から3年連続で司法試験に挑戦。3年目、つまり最後の受験機会となった今年、念願の合格通知を手にした〉
 -会社を辞めてから、どんな風に勉強をされたんですか。
 -まず、半年間は法科大学院に入るための勉強をしました。一応、法学部を出ているのですが、学生時代はアメフットに夢中で、司法試験のための勉強はまったくしていませんでしたので、法律の知識なんて経済学部や文学部の卒業生と同程度。大学院に入学してからも、最初の1年は授業についていけない状態でした。
 -そこで、毎朝8時から、夜、大学院の閉まる11時まで、学校にこもって勉強を続けました。幸い自宅が近かったので、学校を勉強部屋のように使わせてもらいました。それだけ勉強して、ようやく大学院の2年目から法科大学院生らしい勉強ができるようになりました。
 -司法試験を受け、不合格となった時はどんな気持ちでしたか。
 -力不足を実感しました。1年目から短答式の試験には合格したのですが、論文式試験は不合格。勉強して知識を身につければ合格できる短答式はともかく、論文でどれだけのものを求められているのか分からず、恐ろしさを感じました。
 -2年目も不合格となりましたが……。
 -短答式の成績はすごくよかったのですが、論文がまたも不合格。何で落ちたのか。論文に何が足りなかったのか。人間が答案に現れるというのなら、自分のどこに問題があったのか。そんなことを考えるために3日間、大峰山に登り、山を歩き回って自分を見つめ直しました。
 -その結論は。
 -自分を変えなければ答案も書けない。自分の弱点から逃げるのではなく、壁を突破しない限り合格はない、ということでした。僕はもともと文を書くことが好きではなかったのですが、そういう言い訳を許す自分の甘さを乗り越えるしかないと思ったのです。
 -それ以来、毎日2時間に1本ずつ、少なくても2本ずつの論文を書くことを自分に課し、それを家族や弁護士の先輩に見てもらうようにしました。他人に論文を見てもらうことは、自分をさらけ出す作業ですが、それによって自分の殻を破ることができました。
 -自分の殻を破るとは。
 -僕は学生時代から、自分を極めることがすべて、人の話を聞くよりも、まず自分を高めることに集中しようとして物事に取り組んできました。しかしそれは、裏返せば人の話が聞けないということでもあったのです。けれども、自分をさらけ出して書いた論文を人に見てもらうことで、素直に人から教えを乞う気持ちが生まれました。それが成長につながったのでしょう。自分の殻を破ったのだと思います。自分が心を開くことで、他人の教えを吸収するチャンスが広がり、それによって答案を書く力がどんどん上がっていく実感が持てました。
 -そうして迎えた3度目、最後の試験。第4ダウン、ギャンブルという場面ですが、緊張しませんでしたか。
 -気合は入っていたけど、緊張はしませんでした。これはファイターズの部員にもいえることでしょうが、大試合を前にやり残したことはないという実感を持って試合に臨むのと同じことだと思います。よく「勝敗は試合前の準備で決まっている」といいますが、そういう心境で試験に臨めました。
 -法科大学院で勉強中、ファイターズの事は気になりませんでしたか。
 -すごく気になりました。同じキャンパスですから、練習に向かう部員の姿もよく見かけます。そのたびに、グラウンドに行きたい衝動を抑えるのに必死でした。
 -晴れて合格。いまの心境は。
 -まっ先に鳥内監督に報告に行きました。「すごいな。やりおったわ。(この結果を聞いて)後輩も勇気づけられるわ」と言われて、本当にうれしく思いました。それと、試験に備えて勉強中、松本商店の前でばったりお会いした堀口コーチから「司法試験に合格するより、立命に勝つ方が難しいんやぞ」と言われたのも、うれしい励ましでした。自分一人の努力で何とかなる司法試験に比べて、立命に勝つためにはチーム全員が殻を破らなければならないから、より大変だ、俺たちもがんばっているからお前もガンバレという意味でしょうが、堀口さんらしい激励の仕方だと思い出します。
 -ありがとうございました。

(20)甲南戦の収穫

投稿日時:2008/09/24(水) 14:02

 試合が終わると、決まって鳥内監督の周囲に記者団が集まる。一般紙はもちろん、スポーツ紙や専門誌、はては関学スポーツの学生記者までが集まって、気のきいたコメントを求めようと質問する。
 それを横合いから聞いているのが面白い。僕もその昔、兵庫県警や大阪府警を担当していたころは、事件のたびに現場に出掛け、捜査の幹部を取り囲んで似たような取材をしてきたから、彼らの取材方法や、質問の仕方、相手の反応に対するリアクションなど、いちいち思い当たることが多い。昔と違うのは、女性記者が増えたことぐらいだ。
 甲南戦が終わった後、記者団が監督の取材をするのを、少し離れた所から聞いていた。質問はよく聞き取れないが、監督の答えはよく聞こえる。
 「しっかり点がとれたようですが?」
 「今日の試合で、何点とったか、取られたとか、そんなことは関係ないねん」
 「問題は、今日の内容で立命に通用するかどうかや。社会人に勝って日本1、という目標を立ててるチームが、こんな内容の試合でええのんか、いうことや」
 「今日の試合の収穫は?」
 「雨の中でパスが通らんということが分かったことや」
 「でも、今日は試合開始が遅れるなど、条件が悪かったでしょう?」
 「去年の三原は、雨の中でも(パスを)通しとった。今年は、まだまだ練習が足らん、ということや。それが分かったことが、今日の収穫ですわ」
 こういうナマの発言は、そのままでは新聞に掲載されない。うまく化粧を施して、そのエッセンスが紙面に載る。というより、せっかく取材しても、新聞には試合結果だけが掲載され、監督の談話も分析も、掲載されないことの方が多い。それでも記者は取材し、監督はインタビューに答えなければならない。仕事とはいえ、なかなか難儀なことである。
 もちろん、懸命に質問し、それに答えが返ってきたからといって、それで本当のことが取材できているかどうかは定かでない。それより、スタンドから一生懸命試合を見ていた方が、事態がよく分かることがある。
 ということで、雨中の戦いとなった甲南戦の報告である。
 当日は、試合開始の30分ほど前から激しい雷雨。空は真っ黒である。落雷の危険があるから試合はできない。「雷鳴あるいは稲妻が最終確認されてから30分後に安全確認をした上で、試合を開始します」というアナウンスが、再三、流される。先日、高校のサッカーの試合で、落雷のために障害を負った高校生が、学校と主催者を相手取った訴訟で勝訴したばかりとあって、主催者は選手の安全管理を最優先に考える。
 今日はこのまま中止になるかな、とあきらめかけていたが、ようやく1時間15分遅れでキックオフ。しかし、人工芝のグラウンドはあちこちに水たまりができている。ゴムのボールを使わなければならないし、空も薄暗い。選手にとっては最悪の状態で試合が始まった。
 案の定、QB加納のパスは、思い通りに通らない。ようやく第2シリーズ。RB平田の30ヤード近いランでゴール前に迫り、RB河原が残り7ヤードを駆け抜けて先制。CB頼本のインターセプトでつかんだ次の攻撃シリーズはパントに追いやられたが、WR松原の好リターンで始まった続くシリーズでは、平田、稲毛の好走と加納のスクランブルで残り21ヤード。ここで河原が右オープンを独走してTD。前半を14-3で折り返す。
 後半もランニングバック陣が鮮やかなランの共演。第3Q開始早々に稲毛が中央付近から49ヤードの独走TDを決めれば、次のシリーズでは4年生RB浅谷が7ヤードを走りきってTD。2年、3年と、2年続けてけがに泣いた副将RB石田も、走るたびに相手ディフェンス陣を5ヤードは引きずって走る「豪走」で完全復活を見せつける。
 第4Qには、控えのQB加藤がWR正林へ、同じく浅海がWR勝本へとそれぞれ長いTDパスを決める。1年生キッカー大西のキックもことごとく決まって、終わってみれば45-3。得点だけを見れば、堂々たる勝利だった。
 けれども、鳥内監督のいうように「社会人に勝って日本1」という目標を考えると、この日の内容で満足するわけにはいかない。立命の化け物のようなディフェンス、その前に当たる京大の執拗なディフェンスを考えると、この日のようなラン一辺倒のオフェンスでは、なかなか得点を重ねることは難しいだろう。試合経験の浅いメンバーで構成するオフェンスラインが持ちこたえてくれるかどうかも、予断を許さない。
 すべては、これからの練習にかかっている。強敵を想定して、どれだけ密度の濃い練習ができるのか、試合で味わった苦い経験をどう自身の向上につなげていくのか。そう考えれば「収穫」はいっぱいあった。時ならぬ雷雨がもたらせてくれたこの試練を、今後に生かしてほしい。朝鍛夕錬あるのみである。
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