石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」

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(16)「死中活あり」

投稿日時:2009/08/05(水) 18:01

 8月1日午後4時半。上ケ原の第3フィールド。待ちに待った夏の練習がスタートした。今年は新型インフルエンザの余波で、前期試験が7月末までずれ込んだ。ファイターズの諸君もその影響を受け、いつもは走り込みにあてる期間を、勉強する時間に費やした。
 早く練習がしたい。グラウンドで思い切り汗を流したい。そういう部員の気持ちが盛り上がり、練習開始の笛が鳴るのを待ちかねているのが、見ていても肌で感じられた。けがで長い間、戦線を離脱していた選手も、この日に復帰の照準を合わせて戻ってきた。
 練習前のハドルが始まる。この日のために出掛けてきたOB会長の奥井さんがグラウンドに降り、部員たちに短い訓示をする。スタンドからでは、遠すぎて聞こえない。後で、ご本人に聞くと「今年のスローガンを胸に刻み、自らの足跡を残せ。OBのためでも、母校のためでもない。君たち自身のために、存分に練習し、自分の足跡をファイターズの歴史に刻んでくれ。そういう話をしました。長話は嫌われるので、一言だけです」ということだった。
 練習は一気に盛り上がった。喉の乾いた馬が水を飲むように、キビキビと動く。自発的に声が出る。集散が早い。隣の席で、選手たちの動きを俯瞰していた鳥内監督に「さすがに動きがいいですね。練習開始を待ちかねていたという気持ちが出ていますね」と声をかける。返事は「当然ですよ。やっと練習ができるようになったのに、ここで気持ちが表れないようでは話にならんでしょう」。
 それにしても部員が多い。グラウンドを全面的に使っているのに、それでも狭苦しく見える。今春入部した1年生の多くが上級生の練習に加わってきたからだ。その中には、秋の試合にスタメンで出られそうな期待の星も少なくない。
 だが、どのコーチに聞いても「合宿までにメンバーの振り分けを急がないと。このままでは効率的な練習ができない」と口をそろえる。この数年、絶えて聞けなかった贅沢な悩みである。
 全体練習は、約50分で終了。初日ということで、まずは体を慣らす程度のレベルから始めたようだ。もちろん、全体練習の後は、各パートに別れた居残り練習がある。それがいわば「本番」の練習になる。
 その間のハドルで、今度は小野コーチが気合を入れる。ハドルの空気が引き締まる。もちろんスタンドからでは遠くて内容は聞き取れない。
 これも後からご本人に聞くと「長い間、クラブで受け継がれてきた『死中活あり』 という文章を全員に配り、そのことについて話をしました。この何年かは、この話をしていなかったのですが、今年の部員には聞かせておきたかったのです」ということだった。
 「死中活あり」。元は「晋書―呂光載記」にある「死中求生、正在今日也」という言葉である。読み下せば「死中に生を求むるは、正に今日にあり」。難局を打開するためには、あえて死地(危険な状況)に飛び込んでいく勇気、決心が必要。身を捨ててこそ、そこから活路が見いだせる、ということを説いている。
 ファイターズにとっては、特別に意味のある文章である。この言葉はかつて、日大を相手に苦しい戦いを強いられていた時代に、昭和28年卒のOBから贈られたものだそうだ。
 「一度死んでご覧。そこから新しい境地が開ける」と挑発するこの言葉を、歴代の部員は胸に刻み、苦しい状況を打破してきた。近年は、その過激な表現が誤解を受けかねないとして、あまり聞く機会もなかったが、チームが新しく出発するに当たって、小野コーチはあえて、その意図する所を全部員に伝えたかったようだ。
 「死中活あり」。ファイターズに席を置くすべての部員が、この言葉を自分の言葉として受け止めた時、彼、彼女らは必ず新しい足跡、輝かしい歴史を刻むに違いない。

(15)真夏の勉強会

投稿日時:2009/07/27(月) 18:13

 忙しい。めちゃくちゃ忙しい。
 仕事や会合の予定を書き込んだ愛用の手帳を見ると、これが還暦をとっくに過ぎたじいさんのスケジュールかと思うほど、予定が立て込んでいる。
 この1カ月ほどの間に、和歌山県田辺市で開かれたシンポジウムのコメンテーター、友人からから頼まれた京都嵯峨芸術大学での特別講義、和歌山県の教員研修の講師などを立て続けにこなしてきた。先日は和歌山県の橋本高校で、体育館を埋めた高校生と併設の中学生を相手に「夏休みには思いっきり本を読もう」とゲキを飛ばしてきた。週が開ければ、全国高校野球大会の運営委員会がある。
 小さな新聞社とはいえ、フルタイムで働いているから、会社の仕事も手が抜けない。これはどこの事業所でも同じだと思うが、人が集まれば、大なり小なり必ず問題が起きる。それを解決するのは管理職の仕事。この季節はまた、株主総会はあるし、入社試験の面接もしなければならない。
 毎日の紙面をつくる仕事には、もちろん全力投球。忙しいからといって、読者の期待を裏切るわけにはいかない。
 そのうえに、週末には、関西学院で仕事が待っている。体がいくつあっても足りない。
 けれどもその合間を縫って、この時期には毎年、スポーツ推薦でファイターズを目指す高校生に小論文を指導する「寺子屋」を開講しなければならない。夏休みの練習を終えた高校生に集まってもらい、小論文の書き方の入門編を教えるのである。彼らが無事、推薦入試の関門を突破できるように、文章の書き方を教え、物事をとらえる感受性とか想像力とかについて、多少でも役に立てそうな話をするのである。
 この勉強会を始めて今年で11年目になる。
 最初は、僕がまだ朝日新聞社の論説委員をしている時で、教える相手も少なかった。仕事が一段落する時間に新聞社まで来てもらい、社内の喫茶室やビルの地下にある喫茶店で面談しながら、個別指導をしていた。教え方は手探りだったし、なにより僕自身が未熟だった。けれども、最初に担当した塾生が平郡雷太、池谷陽平という、とびきりセンスのよい生徒だったので、思った以上に効果が上がった。
 それに自信を得て、翌年からは指導の手引きを作り、それを基に分かりやすく教える工夫をした。佐岡君や石田貴祐君の代である。平郡君や池谷君とは違って、やんちゃで勉強嫌いの面々だったが、その代わり、本気になって取り組むと上達は早い。毎回、わいわい言いながら勉強会を続けたことを思い出す。
 今年も10人ほどの高校生が集まってもらい、週末ごとに勉強会を続けている。宮本敬士ディレクター補佐や歴代のリクルート担当マネジャー(今年は3年生の橋本拓真君)の熱心な協力で、適切な会場が確保できているし、教室の運営も軌道に乗ってきた。人数が多くなったから、当初のような徹底した個人指導はできないけれども、それでも「書くこと」だけはしっかり教えているつもりである。
小論文を書くとは、文章を通した自己表現であり、コミュニケーションである。せっかくあこがれのファイターズに入ったとしても、自分を表現できず、チームメートやコーチ、スタッフとコミュニケーションがとれないようでは、成長はおぼつかない。その前に、充実した大学生活を送ることが困難になるだろう。それでは入学しても意味がない。
 だから、推薦入試には必ず小論文試験が科せられる。当然である。大学は勉強するところであり、自分を磨き、高める場所である。4年間、充実した学生生活を送り、社会に役立つ人間として巣立って行くためには、学問に対する好奇心とか、未知のモノに対する探求心とか、自らを高めたいという向上心とかが不可欠である。
 運動能力が優れているというだけで、無条件で合格を保証することが、そういう探求心や向上心を刺激することにつながるとは、僕には到底思えない。苦しくとも、しっかり勉強し、自らの能力を鍛えて試験に臨み、その関門を突破してこそ、大学生活はより実り多く豊かになると僕は信じている。
 だからこそ、どんなに忙しくても、時間を確保して高校生に「書くこと」について教え、「考えること」の大切さについて、くどくどと説いているのである。そういう勉強会に取り組むことで、明日のファイターズを担う面々が、成長のきっかけをつかんでくれたらと願っているのである。
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