石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」

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(29)ファイターズの標準

投稿日時:2011/11/08(火) 09:24

 シーズンが佳境に入ってくると、なぜか、今季のチームにまつわるいろいろな場面が脳裏に浮かんでくる。
 例えば春先、甲山までの走り込みの練習でこんな場面に出くわした。先頭から遠く引き離された最後尾の4年生が第3フィールドに戻ってきた時のことだ。その選手は強靱な体を持ち、当たる力も瞬発力もあるが、長距離走は苦手らしい。息も絶え絶えの様子で、両脇をマネジャーとトレーナーに抱えられるようにして、八幡神社の角を曲がり、フィールド入口のロータリーに姿を見せた。
 それを出迎えたのが一足早くゴールしていたK大西君ら数人。「もう一息!」「がんばれ!」と声を掛け、励ましながら、一緒に走り出した。その声に元気づけられて選手は、一瞬、うれしそうな表情をみせ、最後の力を振り絞って、ゴールまでを走り切った。
 選手に伴走して、最後まで走り切らせたマネジャーとトレーナー。自身も疲れているはずなのに、わざわざ出迎えにきて、フィニッシュを決めさせた仲間たち。このシーンを巧まずして演出した関係者全員が4年生だったというところに、今季のチームの結束力を見た。
 春のシーズンが始まった頃には、雨の日の練習でこんな場面にも遭遇した。主将の松岡君に副将の長島君が激しくくってかかり、殴りつけそうになったのだ。それも1度だけではなく、2度、3度。そのたびに周囲が止めに入って事なきを得たが、少し離れたところにいた僕は、一体何事が起きたのか、とオロオロした。
 あとで聞くと、雨でボールが手につかず、RBの選手が何度もファンブルしたことに、守備のリーダーである副将が腹を立て「もっときちんとやれ、こんなことしてたら練習にならないじゃないか」と、攻撃の責任者である主将に詰め寄ったのだという。練習への取り組みについて不満があれば、その場で即座にぶつかっていく。たとえ相手が主将であっても、いうべきことはいう。
 その場は激しくやり合っても、それが感情のもつれにつながることはない。今年の幹部は、そういう信頼感、強い絆で結ばれているからこそ、遠慮なく感情をむき出しにすることができるのだ、と妙に感心し、納得した場面だった。
 夏の暑い日、照りつける太陽の下で、営々と股関節や肩胛骨の可動域を広げる練習に励んでいた選手たちの姿も忘れられない。大きな声で互いに声を掛け合い、汗をぬぐうまもなく、体幹の強化にいそしむ。地味な練習であり、すぐには効果が表れない鍛錬である。けれども、体幹を強化し、股関節や肩胛骨の稼働域を広げることは、昔から相撲取りや武芸者が取り組んできた稽古法である。
 ある日僕は、現代の日本を代表する武術者として知られる甲野善紀さん(師匠のことはNHKが今週木曜日午後10時55分からの番組で特集するそうだ。そこでは、僕が撮影した、師匠と巨人のエースだった桑田真澄さんが稽古中の写真も登場するというから、お暇な方は注目して下さい)の肩胛骨の動きを見せていただいたことがある。体をゆるめると肩胛骨自体が折りたたまれてなくなったように見えるし、力を入れると、背中全体が張り詰め、まな板か鉄板のようになってしまう。その稼働域の広さを目のあたりにして、これが師の「驚嘆の武術、体全体を参加させた動き」の源にあるのだと実感した。
 肩胛骨や股関節の稼働域を広げることは、けがのない体を作ることでもあり、人間の体で一番強力な大腿の筋肉を全身に効率よく伝えて、ブロックやタックルの威力を倍増させる源でもある。
 今季、ファイターズの選手たちの多くが大きなけがをすることもなく戦えているのは、冬から夏にかけて、こういう地味な取り組みを営々と続けてきたからではないか。夏休み、学生たちの姿の消えた大学に登校し、ひたすらファイターズの選手やトレーナー、マネジャーらが地味な練習に取り組んでいた姿を思い出すと、ある種の感慨を覚える。
 こういう場面はしかし、いつの時代のチームにも「普通」にあったことだろう。仲間を励まし、時には激しく感情をぶつけ合い、そして人の見ていないところで地味な練習を積み重ねる。それをことさら言い立てず「スタンダード」「当たり前」としてきたのがファイターズの強さの根源だったのではないか。
 今季ファイターズの「スタンダード」「標準」がなぜか新鮮に見えるのは、先に挙げたような場面が日常の風景になっていることが関係しているのだろう。「当たり前」が「当たり前」として機能しているのである。
 この「当たり前」を、これからの困難な戦いでも発揮してほしい。目の前には京大、その向こうには立命が控えている。冬から春へ、春から夏へとひたすら鍛えてきた成果を発揮するのはこれからだ。
 ファイターズは、いまが伸び盛り。4年生を中心にした強固な結束力で、さらなる高みを目指してほしい。日々、発展を続けてきたチームが試合を重ねるたびに、もっともっと強くなっていく姿が見たい。

(28)薄氷を踏む

投稿日時:2011/11/02(水) 23:33

 東奔西走という。このところ、西に東に、北から南へと飛び回っている。
 先週木曜日は、友人の教授に頼まれて、京都の大学で2時間半の講義。金曜日は関学で授業と広報室のお手伝い。土曜日は長居で関大との試合を観戦。日曜日は長駆、和歌山県田辺市まで戻って、小論文の添削と採点。夜は、翌日の新聞に掲載するコラムの執筆。月曜日は出社して新聞作り。週に一度の社説をまとめ、一段落した後は翌日のコラムの執筆。今日(火曜日)は朝5時半に起床して、大阪の住友病院に直行。知り合いの院長の診察を受けて、すぐに田辺にとって返し、職務に専念。
 合間を縫って、無責任きわまる週刊誌と知的思考力に欠けたでたらめルポライターのために「グリコ事件」の犯人、あの「怪人21面相」にでっち上げられた親友を訪ね、お見舞いの言葉をかけてきた。
 田辺では一人暮らしだから、食事の準備も洗濯もしなければならない。食材の買い出しにも出なければならないし、夜は心身の健康維持のために1時間の散歩と読書が日課である。こんな日常に追われていては、コラムを書く時間もない。気がつけば、67回目の誕生日も過ぎてしまっていた。
 さて、本題である。
 土曜日、関大との試合は見応えがあった。ファイターズも強くなったが、関大も強い。双方ともに必死懸命のプレーの連続で、12分、4クオーターの試合があっという間に終わってしまった。
 関学のキック、関大のレシーブで試合開始。立ち上がりは互いに手探り状態で関大、関学ともに、一度ダウンを更新しただけで攻守交代。関大の2度目の攻撃シリーズも、ファイターズ守備陣が抑えた。
 この局面で、相手陣深くから蹴られたパントを松岡兄がよくリターンし、敵陣45ヤードからの攻撃。この好機にRB望月、松岡兄がランプレーで陣地を稼ぎ、仕上げはQB畑がゴール中央に駆け込んでTD。タイプの違うランナーを使い分けながら、一度もパスを使わず、ラン、ラン、ランと攻め込んだベンチの策が見事に的中した。大西のキックも決まって7-0。
 関大も負けてはいない。次の攻撃では、RBが36ヤードを独走、あっという間にフィールドゴール(FG)圏内に攻め込んでくる。
 ここで守備陣が奮起、なんとかFGによる3点にとどめると、今度はファイターズが攻める。RB鷺野の26ヤード独走を足がかりに、今度は畑からWR和田、RB吉澤らへのパスを混ぜて、再びゴール前に。TDはならなかったが、大西が30ヤードのFGを難なく決め、再び7点差。
 後半の立ち上がりは関大がオンサイドキックの奇襲。これをLB川端ががっちりと確保して、相手に主導権は渡さない。
 互いの守備陣の好守で、ともにパントを蹴り合った後、50ヤード付近からファイターズが攻撃。まずは畑が左オープンを走ってダウン更新。残る28ヤードは、スナップを受けた畑が右に走ると見せかけて、逆サイドに切れ上がった松岡兄にパス。これが完全に守備陣の逆をつき、松岡はそのままTD。その前の畑のキーププレーを逆手にとった作戦が見事に決まった。大西のキックも成功して17-3。その後は、互いの守備陣が奮闘し、互いに無得点。そのまま試合は終了した。
 このように得点経過を追っていくと、ファイターズが終始、優位に立っていたように思われる方が多いだろう。しかし、現場で見ている人間にとっては、そんな余裕は全くなかった。総獲得ヤードは220ヤードと247ヤード、攻撃時間は21分8秒と26分52秒。ともに関大がファイターズを上回っている。この数字が物語るように、薄氷を踏む思い、という表現がぴったりだった。
 それほど関大は強かった。恐ろしくスピードのあるRBとWRを揃えているから、いつ一発TDを狙ったプレーが炸裂するか分からない。時にはそのWRがQBの位置に入り、中央のランプレーで攻め込んでくる。RBを警戒すればWRが走り、RBとWRを警戒すればQBが走る。ヤバイッ、と思った場面が何回かあったが、そのたびに守備陣が食い下がり、何とか事なきを得た。
 ファイターズのプレーをよく研究し、その裏をかくプレーを豊富に持っているのもやっかいだった。その一端が第3Qに見せたギャンブルプレー。関学陣48ヤード、第4ダウン残り8ヤードという状況で、パンターがパントのフェイクから右に大きくロールアウト。この動きで関学のコーナーバックを引きつけ、空いたスペースに走り込んだレシーバーに20ヤードのパス。これを成功させて一気にゴール前に迫った。まさに勝敗は紙一重。薄氷を踏むという言葉を実感させられた。
 だが、それでもファイターズは堂々と勝利した。それは、緊張感の中で、懸命に相手攻撃を防いだ守備陣の奮闘によるものであり、数少ないチャンスを確実に得点に結びつけた攻撃陣の集中力である。
 次週からの京大戦、そして立命戦も、おそらく数少ない得点機を巡って、攻守とも薄氷を踏む思いで戦わなければならないだろう。京大が立命を相手に10-0という接戦に持ち込んだ先日の試合がそれを予測させる。
 ファイターズの諸君。薄い氷の上を注意深く、かつ勇気を持って歩いてほしい。そういう細心の注意と、大胆な決断、行動力があって初めて、薄氷は渡れる。勝利への道が開ける。がんばろう。
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