石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」

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(29)「好きなんだ」

投稿日時:2012/11/08(木) 17:27

 このところ、本業に追われて、コラムの更新が遅れている。更新どころか、練習を見に行く時間もない。なんせ京大戦以降、一度もグラウンドに顔を出していないのだ。リーグ戦は佳境に入っているというのに、なんてこった。寝る間も惜しんで練習やミーティングに取り組んでいるファイターズの諸君のことを考えると、居ても立ってもいられない。
 それでも、本業はおろそかにできない。紀伊半島の片隅にある小さな新聞社ではあるが、地域での普及率は7割近い。僕たちが書くこと、伝えることに期待して下さる大勢の読者がおられる以上、手を抜いた紙面を届けるわけにはいかないのである。
 とりわけ、この3カ月ほどは、地域の権力者の不正を暴く調査報道に全力投球だった。その陣頭に立って担当記者を鼓舞し、その原稿をすべてチェックし、果ては自分でも不正を追及するコラムや社説を書き続けた。
 書かれた側をも納得させながら、なおかつビシバシと不正を暴いていくのだから、記事の一字一句には細心の注意が必要だ。それでいて筆先がにぶるようなことがあってはならない。気力と体力と情熱、そして技術と使命感がなければ続かない仕事である。
 ローカル紙の編集局長となれば、地域では結構信用がある。それに応じて、紙面作り以外の仕事も増えてくる。例えば、この1カ月間に地域の小中学校で計6回、出前授業を担当、町内会の集まりで2回の講演をしたといえば、その多忙ぶりが分かっていただけるだろう。加えて大学では週に1日、ふたコマの講義を担当している。われながらよくやっていると思う。
 というような事情で、この10日ほどは練習も見に行けていない。当然、コラムを書く具体的な事例、場面もない。何より練習も見ないでコラムを書くというのは不遜である。そう思って、今週はパスしようか、と思っていたら、友人から電話がかかってきた。
 「今週はコラムが更新されてないけど、何かあったんか。心配になってな」。親切なことである。
 「ほっといてくれ、オレは忙しいんじゃ」といいたいところだったが、せっかく心配して電話をくれたのに、そんなことはいえない。「うん、ちょっと遅れているけど、ちゃんと書くよ」と、ついつい心にもない返事をしてしまった。
 でも、練習を見ていないし、選手の顔も見ていない。「何を書いたらいいんだ」と考えあぐねていた。
 そんな時、昨日出掛けた小学校で6年生と交わしたやりとりがきっかけで、ぱっと明かりがともった。
 2時間ぶっ通しの授業が佳境に入ったころだった。聡明そうな女の子がこんな質問をしてくれた。「長い間、新聞記者の仕事をしていて、しんどいとか、やめたいとか思ったことはありますか」
 すぐに答えた。「しんどいことはいっぱいありました。夜、寝る時間が3時間ほどしかない日が何日も続いたことがあったし、毎朝5時に家に帰って、昼には会社に出て行く生活が5カ月間続いたこともありました」「でも、辞めたいと思ったことは一度もありません」
 「どうしてですか」と再度の質問がくる。小学生には、どうして、そんなに苦しくてしんどいことを続けるのか、不思議だったのだろう。
 僕は即座に答えた。「新聞記者という仕事が好きなんです。もう一度生まれ変わっても、この仕事をしたいと思っています」
 そう答えると、女の子は「好きだから、しんどいことがあってもがんばれるのですね」といって納得してくれた。聡明な子である。
 そう。「好きだから、がんばれる」のだ。壁にぶつかっても、それを突破するために努力できるし、家族から「なぜ、そんな割の合わないことを」といわれても、気にせず目標に向かっていけるのだ。というより、目標に向かっていくこと、壁を突破することを喜びと感じ、それを自身のエネルギーに変えて行くことができるのだ。
 「好き」という言葉には、そういう力がある。
 ファイターズの諸君も、アメフットが好きでこのスポーツに取り組んでいるはずである。ならば、その「好き」を突き詰めてみようではないか。どんなに苦しいことがあっても、どんなに強力な相手が立ちふさがっても「僕は勝つことが好きなんだ」「目の前の相手をやっつけることが生き甲斐なんだ」という、このスポーツに取り組んだ原点に戻ってみようではないか。そこから道は開ける。苦しみが喜びになる。
 それが小学生に答えたことであり、45年間、新聞記者として生きてきた結論である。
 リーグ連覇まで、あと2試合。残された時間は少ない。だからこそ「僕はアメフットが好きなんだ」「ファイターズが命なんだ」という気持ちをトコトン突き詰めてほしい。自分と向き合い、自分に打ち克ってほしい。

(28)頂への挑戦

投稿日時:2012/10/30(火) 12:18

 先日読んだ、冲方丁の「光圀伝」(角川書店)にこんな言葉があった。
 「天下が、よもやこんなにも遠いものだとは……。ここまでできた、そう思ったときには、頂はさらに遠く離れたところにある。近づけば近づくほど、峠は高くなる」
 「峠を登るとき、遠目には低くとも、ふもとに来れば高さが分かる。実際に登り始めれば、頂は見えないほど高くなる」
 これは、後に水戸の黄門さまと呼ばれる徳川光圀が若い頃、詩業に志を立て、詩作で天下を獲る、と決意した頃の友人との会話の一節である。その道のはるかに遠いことを実感した若者が、それでもくじけず、その峠を登ろうと覚悟を決める場面でもある。
 京大との激しい戦いを観戦した後、帰り道で、なぜかこの言葉を思い浮かべていた。
 それほど、両軍ともに気合いの入った戦いだった。
 ファイターズのパントで始まった立ち上がり、京大はいきなり切れのいいランプレーで17ヤードを獲得。たたみかけるように5ヤードのラッシュを連発して2度目のダウン更新。あっという間に中央付近にまで迫ってくる。
 京大恐るべし、と浮き足立つ場面だったが、ここはDL前川の鋭いタックルと、主将梶原のQBサックでなんとか食い止め、相手にパントを蹴らせる。
 ところが、そのパントが高く遠く飛ぶ。相手キッキングチームの力量をたっぷりと見せつけられ、ファイターズはゴール前6ヤードからの攻撃。これは苦しい試合になるぞ、と見ている方も身が引き締まる。
 しかし、この苦しい局面で、QB畑はあくまで冷静だった。いきなりWR木戸にロングパスを投じる。これは惜しくも失敗したが、第2ダウン10ヤードでRB望月が中央を突破、13ヤードを獲得してダウンを更新。続いて畑からWR梅本へ息の合った23ヤードのパスがヒットした。パスはややオーバー気味だったが、梅本はこれを片手でキャッチ。このビッグプレーで、ようやくチームが落ち着く。
 勢いづいたファイターズはRB鷺野のラン、畑からWR小山へのパスと、リズムよく攻撃を展開。仕上げは畑からWR大園への20ヤードTDパス。K堀本のキックも決まって7-0と主導権を握った。
 次の京大の攻撃は、キッキングチームに入ったWR小山のナイスタックルで自陣13ヤードから。ここでも前川のタックルとDB大森のパスカットで相手に何もさせず、再びファイターズの攻撃。
 このシリーズは畑から小山へのパス、畑のキーププレー、望月の中央突破などで一
気にゴール前10ヤード。しかし、ここでランプレーが決まらず、結局は堀本のFGによる3点止まり。京大の守りが固いのか、それともわが方の攻撃が手詰まりになったのか。遠く離れたスタンドからではよく分からなかったが、これからの関大、立命との戦いを考えると、少々気になる詰めの甘さだった。
 ファイターズの次の攻撃シリーズは、木戸の好リターンで自陣45ヤードの好位置から。ここでも望月の中央突破、畑から木戸やWR南本へのパスが次々にヒット。最後はパワープレーでこじ開けたオフタックルを望月が走り抜けてTDに結び付けた。
 ファイターズは続く4度目の攻撃シリーズでも、畑から1年生WR木下への27ヤードのパスなどで敵陣9ヤードに迫り、最後は堀本が短いFGを決めた。結局、前半は一度もパントを蹴ることなく、4度の攻撃機会をすべて得点に結びつけ20-0で折り返した。
 このように試合経過を追っていくと、ファイターズの楽勝ペースに思える。だが、現場で見ていると、なかなかそんな気分にはなれなかった。ゴール前10ヤードほどの距離からの2度に渡るファイターズの攻撃を見事にしのいでTDを許さなかった京大守備陣の集まりの速さと強いタックルが余りに印象深かったせいだろう。
 それを見ながら、関大や立命はこれ以上の強力な守備陣を擁している。おまけに攻撃では、それぞれ一発の個人技でTDをとれるタレントが何人もいる。京大という「峠」を越えても、その先にもっと高い頂が次々とそびえている現実があるから、目の前の得点に一喜一憂している場合ではないぞ。そんな警告が、頭の片隅でずっと鳴り続けていた。
 試合後、記者団に囲まれた鳥内監督も同じような心境だったのだろう。いい試合でしたね、という記者の質問にこんな風に答えていた。
 「あきません。2度もタッチダウンをとれるチャンスを逃がしているようでは、関大や立命あいてではしんどいですよ」「1秒あったら、タッチダウンをとれる選手が何人もいる相手ですから。また、がんばりますわ」
 一つの頂を越えれば、また次の高い頂が立ちはだかる。しかし、それを極めない限り天下は取れない。だから、がんばるしかない。そこで弱音を吐かず、踏ん張ってきたのがファイターズの先輩たちである。
 現役の諸君も、さらに気合いを入れて高い頂に挑もうではないか。1に鍛錬、2に鍛錬である。
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