石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」

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(1)隠されたヒーロー

投稿日時:2013/04/03(水) 07:16

 桜が咲いて春。先週末、大学とその周辺を歩いたが、どこもかしこも桜が満開。学園花通りと名付けられて正門前の桜並木も、日本庭園の桜の園も、見事に咲きそろっていた。
 この花が咲く前に4年生は卒業し、散っていくころには新しい仲間を迎える。そして、フットボールの新しいシーズンがスタートする。それに伴って、しばらく休眠していたこのコラムも再開という段取りである。
 例年なら、さて何から書こうか、と思案するところだが、今季はこの話から書きたいと決めていた。いささか旧聞に属することではあるが、昨シーズンのアンサンヒーローのことである。
 ファイターズは毎年、シーズンが終わると中学部から高校、大学までが一堂に会して、壮行会を開いている。それぞれの組織を巣立っていく生徒や学生を送る合同送別会といえば分かりやすい。
 その席上、部員を対象にした各種の表彰がある。大学では、文武両道で活躍した部員に贈られる大月杯(今年はDB保宗君が受賞)、逆境を跳ね返す、豪傑と呼ぶに値する部員に贈られる領家杯(同じくLB川端君)、スペシャルチームに貢献したスペシャルチーム賞(アナライジングスタッフ、藤原君)、特別賞(アナライジングスタッフ多田君とマネジャーの木戸さん)、そして余り目立たないかも知れないが、身を挺してチームに貢献したヒーローに贈られるアンサンヒーロー賞(WR南本君が受賞)である。それぞれ、担当コーチが選出し、表彰する。
 この受賞者のそれぞれに、このコラムで紹介するにふさわしい物語がある。しかし今回は、あえてアンサンヒーローのことを紹介したい。
 白状すると、毎年、壮行会の当日、末席を汚しながら、今年はどんな選手、部員が表彰されるのだろうか、と考えるのが僕の密かな楽しみである。式の進行は聞き流し、ひたすらあの選手、この部員と思いをめぐらせているだけで、時間がどんどん過ぎていく。
 驚いたことに、今年は僕が予想した人たちが次々に名前を呼ばれた。気がつけば、僕がその活動ぶりを目にする機会のなかった一人を除いて、受賞者はすべて、僕が予想した通りの名前だった。
 中でも、絶対に間違いないと思っていたのがアンサンヒーローの南本君。競馬でいえばガチガチの本命、鉄板レースと確信していた。なぜか。それは、このコラムでも折りにふれて取り上げてきたが、練習でも試合でも、日ごろの取り組みでも、彼の行動が他の誰にも増して印象深かったからである。
 もちろん、梶原主将を先頭に、ほかの部員の言動にも、それぞれに印象深い場面があった。彼らと言葉を交わすたびに「この子は成長したな」と思わせられることが何度もあった。それでも、その中から一人を選べ、といわれると南本君以外は考えられなかった。
 思い起こせば、彼は春のシーズンからずっと、チームの練習をリードしてきた。WRのパートリーダーとしての役割を果たすのはもちろん、多くの4年生がけがなどで戦列を離れ、試合はもちろん練習にも加われない状態にあるときに、率先して下級生を引っ張り、先頭に立って練習を仕切ってきた。
 試合では、甲子園ボウルの最後のシリーズが象徴するように「ここ一番」という場面では必ずボールを確保。QBの畑君を助け、チームのピンチを救ってきた。トータルの数字では計りようのない活躍を続けてきたのである。
 隠れた場面でも手を抜かないというのは、昨年の33回目のコラム「透明な空気」で取り上げた試合前日のグラウンド掃除の場面でも見ることができた。みんなが避けたがる側溝のゴミを拾い、掃除するのはいつも、彼と畑君のコンビだったのだ。
 4年生のリーダーが率先して練習に取り組むのは当たり前のこと。試合で活躍するのも当然と言えば当然である。だが、人の目に触れないところ、隠れたところで手抜きをしない、というのは誰にも出来ることではない。それを何気ない態度で、当然のようにやり続け、チームのモラルを支えてきたのが南本君である。彼のような選手がいたから、昨年のチームは成長できた、どんな強敵にも勝つことができたと僕は確信している。
 そして、今年のチームにも、必ずそういう隠されたヒーローが出現してくれるはず、と期待している。それが一人ではなく、複数になって、「アンサンヒーローを選考するのが難しい」という日が来ることを、密かに願っている。
      ◇   ◇
 お知らせが一つ。
 昨シーズンのコラムをまとめた冊子「2012年ファイターズ 栄光への軌跡」を発行しました。ファイターズの諸君には贈呈しましたが、一般の方々には試合会場でお披露目します。1冊500円。ファイターズへのカンパとして、すべてチームに寄付します。ご協力をいただければ幸いです。

(38)「俺たちのチーム」

投稿日時:2013/01/04(金) 23:49

 1本の蜘蛛の糸を頼りに、懸命に頂上を極める。今にも切れそうなその細い糸を必死につかみ、しがみついて、なんとか頂上に至る道を確保する。不眠不休で絞り出したアイデアと戦術、昼夜分かたぬ鍛錬で身につけた技を100%出し切って、少しずつ少しずつ、勝利をたぐり寄せようとする。そういうきわどく厳しい試合をファイターズの諸君は、見事に戦い抜いた。
 知恵、修練、献身、そういう言葉が表すすべてを、すべての構成員が出し切ったその先に、一瞬、頂上が見えた。誰の目にも攻略不能と見えたその険しい頂きに、確かに手を掛けることができた。けれども、梶原主将のいう「俺たちのチーム」は、それを手にすることはできなかった。
 2013年1月3日。東京ドームで行われたライスボウルは、本当に悔しい結末になった。
 オービックのレシーブで始まった立ち上がり。立て続けにパスを通され、ランで揺さぶられてディフェンス陣が対応できない。あれよあれよという間に陣地を進められ、何の抵抗もできないまま先制のタッチダウン(TD)を許してしまう。
 逆に、ファイターズの攻撃は全くの手詰まり。相手の強力な守備陣にあおられてランは進まず、パスを投げる余裕もない。前途に暗雲が立ちこめ、光明は全く見えない。おまけに守備のDL梶原、攻撃のQB畑という二人のエースがともに故障を抱えて、本来の動きができない。延々と続く絶体絶命のピンチ。観客席からは、声援というより悲鳴に近い声が上がる。
 けれども「昨年の借りを返す」という決意に燃えたグラウンドの戦士たちは、一歩もひるまない。どんなに苦しい状況にあっても、果敢なタックルを見舞い、ボールキャリアに殺到する。1人目が相手のブロックに跳ね飛ばされても、2人目、3人目が相手に襲いかかる。
 そういうひたむきな姿勢から、DB保宗のパスカット、LB池田雄のインターセプトなど、苦境を切り開くプレーが次々と生まれた。
 耐えに耐えた前半。2Qも残り2分を切って自陣37ヤードからの攻撃。畑が懸命に短いパスを通して活路を開く。ダウンを更新するたびにスパイクして時計を止め、WR南本に8ヤード、10ヤード、10ヤードと立て続けにヒットして相手ゴール前25ヤードに迫る。
 第4ダウンロング。誰もがフィールドゴールトライと見たその瞬間、ファイターズのとっておきのプレーが炸裂する。ホールダ-の位置についていた桜間がスナップされたボールを右サイドライン際を走る南本にパス、これが見事に通って22ヤード前進。関学高等部でQBをしていた桜間がその経験と、この日のためにずっと練習してきた成果を見事に表現したプレーだった。
 ゴール前3ヤードからの好機。そこでまたもや意表を突いたRB鷺野からRB望月へパス。それが見事に決まってTD。堀本のキックも決まって7-7。そのまま前半を終了し、期待を後半につなぐ。
 ファイターズのレシーブで後半開始。WR木戸の好リターンで、自陣39ヤードからの攻撃。ところがその第1プレー。畑の投じたパスを相手に奪われていきなりのターンオーバー。それをわずか4プレーでTDにつなげられ、ファイターズはまたもや7点を追いかける展開に。
 試合は一進一退。どちらかといえば、ファイターズが押されたままで試合が進む。その間、互いの強力なヒットでファイターズには負傷者が相次ぐ。この日も大活躍の池田雄やDB鳥内弟が相次いで戦線を離脱。元々足や膝に故障を抱えていた梶原や畑も、本来の動きとはほど遠い。それでも、交代選手を含め、ファイターズの勇士たちは誰一人臆することなく戦い、追加点を許さない。
 第4Q早々には、オービックに立て続けにパスを通され、ゴール前1ヤードまで追い詰められた。しかしここで、ファイターズは果敢なタックルで相手ファンブルを誘い、それをLB吉原がカバーして絶体絶命のピンチを切り抜けた。
 迎えたファイターズの攻撃。まずは望月が9ヤードを走って、陣地を盛り返したが、続く2回の攻撃は不発に終わりダウン更新まで8ヤードを残してパント隊形に。誰もがパントと思ったその瞬間に、再びファイターズのとっておきのスペシャルプレーが炸裂。パントを蹴ると見せかけた堀本が浮かせたボールを背後に回り込んだWR小山がキャッチしてそのまま11ヤードを走り、ダウン更新。自陣ゴール前の極めて危険なゾーンから繰り出した果敢なプレーコールで、愁眉を開く。
 相手が動揺している隙をつくように、畑がWR大園、梅本にそれぞれ13ヤードと20ヤードのパスをヒット。さらに足を痛めているいるのに、畑が3回連続のキーププレーでダウンを更新する。これを鬼気迫るプレーというのだろう。足が痛くて走れないと思い込んだ相手守備陣の裏をかく見事な走りで活路を開いた。
 ゴール前のショートヤードを望月のパワープレーでねじ込み14-13と1点差。ここでファイターズはキックで同点を狙わず、一気に逆転を狙ってまたまたとっておきのプレーを繰り出す。まずは畑が左に展開した望月にバックパス、それをキャッチした望月がそのままゴールに走り込むと見せかけて守備陣を引きつけ、その頭越しに小山に山なりのパス。このスペシャルプレーが見事に決まって2点コンバージョンは成功。15-14とリードを奪った。
 残り時間は2分55秒。苦しい戦いを耐えに耐え、忍びに忍んできたファイターズ守備陣がにわかに勢い付く。勢いよく相手オフェンスにぶつかり、QBに圧力を掛ける。梶原が痛い膝をかばうそぶりも見せずにQBに襲いかかる。そこで苦しい姿勢のまま相手QBが投じた縦への長いパスを鳥内弟がインターセプト。攻撃権を奪い返す。残り時間は1分39秒。これを使い切れば勝利が手にできる。一瞬、頂上が見えた瞬間だった。
 だが、勝負の神様は非情。ファイターズの攻撃が4回で終わったそのとき、まだ相手に34秒の攻撃時間を残していた。それを相手は冷静にパスをつないでTDに結び付けて再度逆転。そのまま試合は終わった。
 悔しい結末だった。知恵を絞り、戦術を練り、習得した技のすべてを出し切って戦った3時間。傷ついた選手たちがその痛みを苦にせず、仲間を信頼して戦い抜いた堂々の試合だったが、それでも勝利できなかった。
 悔しい。本当に悔しい。この1年間で驚くほどに成長した選手たちが懸命に戦い、この1年間の成果を見事に発揮しただけに、なんとしても勝たせたかった。けれども、結果は結果。受け入れるしかない。
 あとに続くファイターズの諸君が、この日の悔しさを受け継ぎ、また一段と成長してこの場所に戻り、堂々の勝利を手にしてくれることを期待する。梶原主将率いる「俺たちのチーム」は、そういう期待をつなぐに十分な試合を見せてくれた。そのことを特筆して、今季のコラムを閉じる。

◇付記
 1年間のご愛読ありがとうございました。今季のコラムは今回で終了し、新しいシーズンの到来と同時に、再度、ファイターズの成長物語を綴っていきます。ご期待下さい。
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