石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
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(19)平郡君に
投稿日時:2013/08/17(土) 08:01
8月16日は、平郡雷太君の命日である。
2003年8月16日、兵庫県東鉢伏高原で合宿中に彼が急性心不全で亡くなってから、この日がちょうど10年。いま同じ場所で合宿中の部員や監督、コーチたちは、早朝練習が始まる前、彼を偲んで黙祷を捧げた。
高校生の勉強会のため西宮にいる僕は、朝から上ヶ原の第3フィールドに出向き、平郡君の死を悼んで植えられた山桃の木に向かって黙祷し、彼に語りかけてきた。
チームは彼にいくつかのことを誓った。その内容は、山桃の木の下に設置されたプレートの碑文に刻まれている。?君のファイターズにおける生き様を記憶し?部が存続する限り君の事故を教訓にして、常に安全に対する意識を高めることを心掛け?フットボールに対する君のひたむきな情熱を部関係者全員が学び、心新たに日々の活動に邁進する……というようなことである。
そして「これからは、この地より後輩たちを見守り、励ましてください」とお願いして碑文を結び、最後に「一粒の麦は地に落ちなければ一粒のままである。だが死ねば多くの身を結ぶ」という新訳聖書の言葉が添えられている。
この碑文は、ただの追悼碑ではない。いまも練習のために集まって来る部員が全員、その前にたたずんで、この碑文を読み、碑文の内容を胸に刻んでグラウンドに降りる。チームで長く活動している4年生も、入部したばかりの1年生も、その姿に変わりはない。
もちろん、いまの部員で彼と面識のあった者は一人もいない。それでも、チームがいつも彼のことを語り継いでいるから、彼のことはすべての部員が知っている。チームの監督やコーチ、それに顧問の前島先生らが折に触れて彼のことにふれ、この記念樹が植えられた由縁を話し、プレートの碑文に込められた意味を語り継いできたからである。
「常に安全に対する意識を高めことに心掛け」ということについても、真剣に取り組んでいる。チームには何人ものチームドクターがいるのに加え(合宿中も交代で参加してくれている)、プロのトレーニングコーチや理学療法士を置いて、安全な練習、事故に対する素早い手当などを心掛けるようになったのは、彼の事故が起きてからのことだし、毎年、新しいチームがスタートするときには小野ディレクターによる安全講習会を行っている。もちろん、全員の健康状態のチェックも厳密に行っている。入学時の脳検診(MRI)によって、日常生活では気がつかなかった脳の症状が見つかった部員もいる。脳震盪を起こした部員が練習に復帰するための厳密なマニュアルを定め、それを厳守させてもいる。
気温の高い夏場は、練習開始時間も夕方5時以降に設定、熱中症に備えている。トレーナーは常に水分と塩分の補給を呼び掛け、休憩のたびに「頭の痛い者はすぐに申告を」と大きな声を掛ける。もちろん、練習自体も短く区切り、必ず水分やサプリメント補給の時間を設けている。
夏の合宿中には、決まってこんなシーンを見掛ける。監督が自らホースを持ち、部員のヘルメットを脱がせて頭から水をかけて回るシーンである。
すべてが安全に対する取り組みである。先日も久しぶりに合宿の慰問に行ったというOBの一人が「僕らの頃には、想像もつかない取り組み」とフェイスブックに投稿していたが、10年前といまでは安全に対する取り組みが変わってしまっている。
こんな風に書くと「そんな練習で日本1のチームが出来るのか。平郡君に約束した日本1のチームが作れるのか」という疑問をもたれる方もあるに違いない。
だが、それは杞憂である。いわゆる「根性練」でなくても、チームを強くする方法はある。チームの指導者が確信を持って、人間の身体構造から考えた合理的な練習、最新のメソッドを取り入れたより効率的なメニュー、食事の取り方や栄養バランス、そして適切な休養時間の確保。そうしたことに配慮しつつ練習メニューを組めば、十分に選手を鍛えることは出来る。それは、そうした取り組みに目を向けた以降のファイターズの成績が証明している。
この2年間の甲子園ボウル2連覇は、安全を最優先した練習の成果と言っても過言ではないのである。
平郡君! そういった次第です。チームに関係する全員があの日、君と約束した「君の事故を教訓にし、常に安全に対する意識を高めることを心掛け、フットボールに対する君のひたむきな情熱を全員が受け継いで」活動を続けています。安心して、これからもファイターズの活動を見守り続けてください。
2003年8月16日、兵庫県東鉢伏高原で合宿中に彼が急性心不全で亡くなってから、この日がちょうど10年。いま同じ場所で合宿中の部員や監督、コーチたちは、早朝練習が始まる前、彼を偲んで黙祷を捧げた。
高校生の勉強会のため西宮にいる僕は、朝から上ヶ原の第3フィールドに出向き、平郡君の死を悼んで植えられた山桃の木に向かって黙祷し、彼に語りかけてきた。
チームは彼にいくつかのことを誓った。その内容は、山桃の木の下に設置されたプレートの碑文に刻まれている。?君のファイターズにおける生き様を記憶し?部が存続する限り君の事故を教訓にして、常に安全に対する意識を高めることを心掛け?フットボールに対する君のひたむきな情熱を部関係者全員が学び、心新たに日々の活動に邁進する……というようなことである。
そして「これからは、この地より後輩たちを見守り、励ましてください」とお願いして碑文を結び、最後に「一粒の麦は地に落ちなければ一粒のままである。だが死ねば多くの身を結ぶ」という新訳聖書の言葉が添えられている。
この碑文は、ただの追悼碑ではない。いまも練習のために集まって来る部員が全員、その前にたたずんで、この碑文を読み、碑文の内容を胸に刻んでグラウンドに降りる。チームで長く活動している4年生も、入部したばかりの1年生も、その姿に変わりはない。
もちろん、いまの部員で彼と面識のあった者は一人もいない。それでも、チームがいつも彼のことを語り継いでいるから、彼のことはすべての部員が知っている。チームの監督やコーチ、それに顧問の前島先生らが折に触れて彼のことにふれ、この記念樹が植えられた由縁を話し、プレートの碑文に込められた意味を語り継いできたからである。
「常に安全に対する意識を高めことに心掛け」ということについても、真剣に取り組んでいる。チームには何人ものチームドクターがいるのに加え(合宿中も交代で参加してくれている)、プロのトレーニングコーチや理学療法士を置いて、安全な練習、事故に対する素早い手当などを心掛けるようになったのは、彼の事故が起きてからのことだし、毎年、新しいチームがスタートするときには小野ディレクターによる安全講習会を行っている。もちろん、全員の健康状態のチェックも厳密に行っている。入学時の脳検診(MRI)によって、日常生活では気がつかなかった脳の症状が見つかった部員もいる。脳震盪を起こした部員が練習に復帰するための厳密なマニュアルを定め、それを厳守させてもいる。
気温の高い夏場は、練習開始時間も夕方5時以降に設定、熱中症に備えている。トレーナーは常に水分と塩分の補給を呼び掛け、休憩のたびに「頭の痛い者はすぐに申告を」と大きな声を掛ける。もちろん、練習自体も短く区切り、必ず水分やサプリメント補給の時間を設けている。
夏の合宿中には、決まってこんなシーンを見掛ける。監督が自らホースを持ち、部員のヘルメットを脱がせて頭から水をかけて回るシーンである。
すべてが安全に対する取り組みである。先日も久しぶりに合宿の慰問に行ったというOBの一人が「僕らの頃には、想像もつかない取り組み」とフェイスブックに投稿していたが、10年前といまでは安全に対する取り組みが変わってしまっている。
こんな風に書くと「そんな練習で日本1のチームが出来るのか。平郡君に約束した日本1のチームが作れるのか」という疑問をもたれる方もあるに違いない。
だが、それは杞憂である。いわゆる「根性練」でなくても、チームを強くする方法はある。チームの指導者が確信を持って、人間の身体構造から考えた合理的な練習、最新のメソッドを取り入れたより効率的なメニュー、食事の取り方や栄養バランス、そして適切な休養時間の確保。そうしたことに配慮しつつ練習メニューを組めば、十分に選手を鍛えることは出来る。それは、そうした取り組みに目を向けた以降のファイターズの成績が証明している。
この2年間の甲子園ボウル2連覇は、安全を最優先した練習の成果と言っても過言ではないのである。
平郡君! そういった次第です。チームに関係する全員があの日、君と約束した「君の事故を教訓にし、常に安全に対する意識を高めることを心掛け、フットボールに対する君のひたむきな情熱を全員が受け継いで」活動を続けています。安心して、これからもファイターズの活動を見守り続けてください。
(18)「集散」
投稿日時:2013/08/07(水) 22:53
長い間、ファイターズの練習を見てきて、僕の中にはそのチーム状態を計る目安が生まれている。それは練習時の「集散のスピード」である。
春先のチームは例年、新加入のメンバーが多いせいか、それともチーム練習のメニューが少ないからか、練習が始まる時間になっても「集散」は何となくのんびりしている。もちろん、マネジャーの「練習開始10分前」という大きな声が響き、「ハドル」という声に合わせて、選手がグラウンド中央に集まってくるのだが、ここの選手の「さあ、始めるぞ」という気合いは感じても、集団としての熱気は感じられないのが常態である。
ところが、春のシーズンが終わり、前期試験も済ませて8月になった瞬間、ギアが一気に加速される。チームとしてのある種の高ぶりが生まれる。グラウンドのあちこちから、場合によっては40ヤードも50ヤードも全力疾走して中央のハドルに集まってくる部員の姿から、1年生も4年生も関係ない、ついてこれないヤツは振り落とす、というようなオーラが出てくるのである。
本当に自分と勝負する、夏合宿を間近に控えていることもあるだろう。秋のシーズン開幕まで1カ月、立命戦まで100日余り、という時間的なリミットが具体的な日数で数えられるところまで来たということもあるだろう。とりわけ4年生や3年生は、ここで頑張らなければ一生後悔する、という切羽詰まった気持ちにもなるだろう。
チームを構成する全員のそういった気持ちが、練習開始時、あるいは5分間のブレークタイムやサプリメントタイムが終わった後の集りの速さとなって具象化されるのである。「集散のスピードがチーム状態を反映する」というのは、そういう意味である。
実際、今年も8月になった瞬間に、集散のスピードがアップした。選手だけではなく、マネジャーやトレーナー、アナライジングスタッフなど、グラウンドにいる全員が全力疾走でハドルに参加し、また水分やサプリメントの補給に散っていくのである。
ファイターズの練習は、細部にまでこだわったタイムテーブルに沿って進行する。監督やコーチの助言を生かしながら、マネジャーを中心に4年生の幹部らがメニューを作り、その時間割に沿って、分刻み、秒刻みで進められていく。ユニットの練習も、オフェンス、ディフェンスそれぞれに本数が決められており、失敗しても成功しても、予定した本数が終われば、その練習は終わる。チーム練習についても、キッキング練習についても、同様である。失敗したからもう一度、というよいうな甘ったれたことは許されない。
そういう緊迫した練習を実りあるモノにするためには、いつも実戦を想定した動きと、緊張感が求められる。その緊張感を体全体で高めて行くためにも、練習開始時の数十ヤードの全力疾走に意味があるのだ。
だから、練習が始まる前、ブレークやサプリタイムが終わった後のハドルへの集散のスピードが、そのままチームとしての集中力、緊張感を計る物差しになるのである。
先週末、上ヶ原のグラウンドで、そうした練習ぶりを眺めていたら、たまたま「オープンキャンパス」で大学を訪問した何人かの高校生がその練習の様子を見学しているのに出くわした。
それぞれ、高校でフットボールをやっている選手たちだったが、一様に驚いていたのがその集散のスピードと、一つ一つの練習メニューが短時間で効率よく進められていくこと。彼らも炎天下で、ハードな練習をしているようだったが、ファイターズのメンバーが練習に取り組むスピード感には、度肝を抜かれたような表情だった。
けれども、本番はこれからである。いまは試験期間中の休みが終わった後の久々のチーム練習であり、合宿を前に気持ちが高ぶっているだけの時期かもしれない。これからは長い合宿、そしてシーズン開始へと、厳しいチーム内競争の日々が始まる。体力的にも精神的にも厳しい毎日が続くに違いない。そういう日々を、いまのような「やる気満々」の集散のスピードで乗り切っていけるかどうか。
試されるのは、まずこれからの1カ月。そして関西リーグが始まってからの2カ月半である。そこで現在の自分を1段階も2段階も向上させた者にのみ、栄冠は輝く。関西リーグから甲子園、そして東京ドームへと続く道を、いまの集散のスピードを落とすことなく走り切ってほしい。頑張ろう。
春先のチームは例年、新加入のメンバーが多いせいか、それともチーム練習のメニューが少ないからか、練習が始まる時間になっても「集散」は何となくのんびりしている。もちろん、マネジャーの「練習開始10分前」という大きな声が響き、「ハドル」という声に合わせて、選手がグラウンド中央に集まってくるのだが、ここの選手の「さあ、始めるぞ」という気合いは感じても、集団としての熱気は感じられないのが常態である。
ところが、春のシーズンが終わり、前期試験も済ませて8月になった瞬間、ギアが一気に加速される。チームとしてのある種の高ぶりが生まれる。グラウンドのあちこちから、場合によっては40ヤードも50ヤードも全力疾走して中央のハドルに集まってくる部員の姿から、1年生も4年生も関係ない、ついてこれないヤツは振り落とす、というようなオーラが出てくるのである。
本当に自分と勝負する、夏合宿を間近に控えていることもあるだろう。秋のシーズン開幕まで1カ月、立命戦まで100日余り、という時間的なリミットが具体的な日数で数えられるところまで来たということもあるだろう。とりわけ4年生や3年生は、ここで頑張らなければ一生後悔する、という切羽詰まった気持ちにもなるだろう。
チームを構成する全員のそういった気持ちが、練習開始時、あるいは5分間のブレークタイムやサプリメントタイムが終わった後の集りの速さとなって具象化されるのである。「集散のスピードがチーム状態を反映する」というのは、そういう意味である。
実際、今年も8月になった瞬間に、集散のスピードがアップした。選手だけではなく、マネジャーやトレーナー、アナライジングスタッフなど、グラウンドにいる全員が全力疾走でハドルに参加し、また水分やサプリメントの補給に散っていくのである。
ファイターズの練習は、細部にまでこだわったタイムテーブルに沿って進行する。監督やコーチの助言を生かしながら、マネジャーを中心に4年生の幹部らがメニューを作り、その時間割に沿って、分刻み、秒刻みで進められていく。ユニットの練習も、オフェンス、ディフェンスそれぞれに本数が決められており、失敗しても成功しても、予定した本数が終われば、その練習は終わる。チーム練習についても、キッキング練習についても、同様である。失敗したからもう一度、というよいうな甘ったれたことは許されない。
そういう緊迫した練習を実りあるモノにするためには、いつも実戦を想定した動きと、緊張感が求められる。その緊張感を体全体で高めて行くためにも、練習開始時の数十ヤードの全力疾走に意味があるのだ。
だから、練習が始まる前、ブレークやサプリタイムが終わった後のハドルへの集散のスピードが、そのままチームとしての集中力、緊張感を計る物差しになるのである。
先週末、上ヶ原のグラウンドで、そうした練習ぶりを眺めていたら、たまたま「オープンキャンパス」で大学を訪問した何人かの高校生がその練習の様子を見学しているのに出くわした。
それぞれ、高校でフットボールをやっている選手たちだったが、一様に驚いていたのがその集散のスピードと、一つ一つの練習メニューが短時間で効率よく進められていくこと。彼らも炎天下で、ハードな練習をしているようだったが、ファイターズのメンバーが練習に取り組むスピード感には、度肝を抜かれたような表情だった。
けれども、本番はこれからである。いまは試験期間中の休みが終わった後の久々のチーム練習であり、合宿を前に気持ちが高ぶっているだけの時期かもしれない。これからは長い合宿、そしてシーズン開始へと、厳しいチーム内競争の日々が始まる。体力的にも精神的にも厳しい毎日が続くに違いない。そういう日々を、いまのような「やる気満々」の集散のスピードで乗り切っていけるかどうか。
試されるのは、まずこれからの1カ月。そして関西リーグが始まってからの2カ月半である。そこで現在の自分を1段階も2段階も向上させた者にのみ、栄冠は輝く。関西リーグから甲子園、そして東京ドームへと続く道を、いまの集散のスピードを落とすことなく走り切ってほしい。頑張ろう。
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