石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」 2015/6

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(10)君の可能性

投稿日時:2015/06/09(火) 12:46

 斎藤喜博先生は、僕が心から尊敬する師匠の一人である。群馬県の小さな小学校で校長を務め、そこでの実践は1960年代の日本教育界に旋風をもたらせた。定年退職後は宮城教育大学の教授を務められた教育学者でもある。その教育論や実践の足跡をまとめた「斎藤喜博全集18巻」で、第25回毎日出版文化賞を受賞されている。
 1981年に70歳で亡くなられたが、僕が朝日新聞の前橋支局で働いていたとき、縁あって先生のお宅に何度もお邪魔した。親しく話を聞かせてもらうだけでなく、近くの河原に出掛けて石を投げて遊んだりもした。駆け出し記者は、先生の言葉と行動をすべて、スポンジが水を吸い込むように吸収し、今も胸に刻んでいる。
 先生に「君の可能性」(筑摩書房)という本があり、そこに「一つのこと」という詩が掲載されている。
 ずっと前、QB三原君が4年生の時代、甲子園ボウルで勝ってライスボウルに向かう直前にこのコラムでも紹介したことがあるが、今回はまた違った意味で紹介したい。全文を紹介する。

   一つのこと
 いま終わる一つのこと
 いま越える一つの山
 風わたる草原
 ひびきあう心の歌
 桑の海光る雲
 人は続き道は続く
 遠い道はるかな道
 明日のぼる山もみさだめ
 いま終わる一つのこと

 大学生の諸君、あるいはこれをお読みの皆さんには、特段の解説は不要だろう。「一つのこと」という言葉をファイターズでの活動、学習、鍛錬という言葉に置き換えて読めばそのまま意味は通じる。
 まだ春のシーズンが一区切りついただけの時期ではあるが、それでも神戸ボウル、エレコムとの試合で一つのことが終わり、一つの山を越えたことに間違いはない。
 この春はけが人が多く、メンバーも揃えられないほど厳しい試合が続いた。日大との試合は東京まで出掛けて敗れた。日体大との試合も、終始押されっぱなし。登山路は厳しかったが、それでも、なんとか山の上にたどり着いた。心地よい風が吹いている。遠くに桑畑が海のように見え、雲が美しく光っている。振り返ればいま登って来た道を人が次々と登って来る。
 ようし、もう一丁。明日、登る山は見定めた。さらに高い頂き目指して登っていくぞ。
 ざっとこんな意味だろう。
 ポイントは二つある。一つは「ひびきあう心の歌」という言葉が象徴する「みんなと心を合わせ、力を合わせて」目標に挑むということ。もう一つは、必死の思いで頂上に到達しても、さらなる高い山がある。それを目標に、互いがよいものを出し合い、影響し合って、一人ではとうてい到達不能と見えるこの高い山にチャレンジすること。ファイターズで活動する意味は、そこにあると僕は考えている。
 エレコムとの試合を振り返りながら、もう少し説明してみよう。
 あの試合、相手チームには現役時代、練習ではとうてい歯が立たないと仰ぎ見ていた先輩たちが何人も出場、胸を貸してくれた。ファイターズの最初の攻撃。最初にQB伊豆が投じたパスをあわやインターセプト、という形ではじき出したDB重田。終始、ファイターズのボールキャリアに絡み、後輩たちに思い通りにプレーさせてくれなかったLB池田。攻撃ではTE松島が強烈なブロックと確実な捕球を見せていた。
 そうした先輩たちのいるチームを相手に、結局は1本のTDを与えることもなく、45-3の圧勝。攻撃では伊豆がWR中西、亀山へのTDパスをピンポイントでヒット。RB野々垣と1年生RB山口も代わる代わる中央を突破し、チャンスを確実にTDに結び付けた。
 守備陣も、踏ん張った。怪力松本を中心に柴田、大野という動きのよいメンバーで固めたDL。作道、山岸、奥田という経験豊富なメンバーが揃ったLB。そしてDBも岡本、田中、小池、山本泰、小椋という、どこに出しても通用する布陣。これだけのメンバーが揃えば、いかに社会人といえども、そうそう負けるものではない。
 試合後、鳥内監督に聞くと、ハーフタイムで「社会人に勝つ、ライスボウルで勝って日本1というのなら、それらしい試合を。先日、パナソニックはエレコムを相手に42点を取っている。それを上回る得点を」と発破を掛けたそうだ。
 終わって見れば、田中、小椋の両CBとLB高がそれぞれインターセプト。DB山本泰も相手のファンブルをカバーしてターンオーバーを記録した。
 攻撃陣も6本のTDとK西岡の47ヤードFGで都合45点。鳥内監督の檄に応えた。
 こうした展開を見ると「いま終わる一つのこと いま越える一つの山」という表現も過言ではない。実際、精度の上がった伊豆のパスやこの日はRBで出場した池永を含めた2年生WRの活躍ぶりを見ると、やっと次の視界が広がったと実感する。
 しかし、目指すべき頂上はまだまだ高い。これから夏、そして秋と厳しく鍛えて初めて登るべき頂上が見えてくる。「それぞれの可能性」を求めて、やっと出発点に立ったというのが現状ではないか。神戸ボウルが終わって一区切りついたとはいえ、ゆっくり休んでいる場合ではない。

(9)ライバルの意味

投稿日時:2015/06/01(月) 22:21

 どこのどなたかは存じ上げないが、英語のライバルを「好敵手」という日本語に翻訳した人は、本当にエライと思う。それは戦うべき相手であり、同時に「よき相手」であれという意味を「好」の字に託したところがお手柄である。
 そんなことを思い浮かべたのは、ほかでもない。先日の関大との試合が、文字通りライバル、好敵手との一戦、と呼ぶにふさわしい戦いだったことによる。
 本当に見応えのある試合だった。
 五月晴れの夕方。午後4時20分のキックオフといいながら、まだまだ日暮れには遠い。風は穏やか。前日の予報では、雨が心配されたが、雨雲はどこにもない。絶好のフットボール日和である。
 関大がキックを選択。RB池永のリターンで試合開始。自陣17ヤードからファイターズの攻撃が始まる。QB伊豆がRB池永、野々垣、山崎のランを中心にWR渡辺、中根への短いパスを通して、じりじりと陣地を進める。ダウンを4回更新し、相手陣20ヤードまで進めたところで第4ダウン、残り3ヤード。ここはK西岡が確実にFGを決めてファイターズが3点を先制。
 自陣17ヤードから始まったファイターズ最初の攻撃シリーズは合計15プレー、要した時間は7分3秒。大きなミスもなく攻め続けたファイターズも強かったが、守った関大も強い。結局はFGで3点をリードしたが、ファイターズに先攻の利があることを考えると、全くの五分、どちらかといえば関大の守備陣に軍配を上げたくなるほどの内容だった。
 実際、ファイターズが3点を先行した後は、互いに守備陣が踏ん張り、パントの応酬。都合5回、パントを蹴り合った後、第2Q残り3分にファイターズのK西岡が再び45ヤードのFGを決めて6-0。
 しかし、そこから関大が反撃。それまで一度も試みていなかったパスを連続して決め、途中、何度もスパイクで時間を止めながら、ついに前半最後のプレーでFGを決める。消費時間、獲得ヤードでは圧倒的に押していたはずのファイターズだったが、前半が終わって見れば6-3。後半は関大から攻撃が始まることを考えると、全く互角の展開。というより、前半終了間際、立て続けにパスを決められたことを考慮すれば、後半は厳しい戦いになりそうな予感さえした。
 僕はこの試合を場内のFM放送で中継している小野ディレクターや解説を担当しているOBの片山さん、小川原さんと並んで観戦していたが、ハーフタイムの間、ずっと一人で「これがライバルの戦いというものか」と自問していた。
 攻撃陣は互いにこの試合に臨む「ポリシー」「哲学」を持って勝負をかける。守備陣は、どちらも相手の意図を予想し、最善の策を凝らして守り続ける。互いにちょっとした手違いはあっても、決定的なミスは犯さない。春の試合とはいえ、というか春の試合だからこそ許される「実験」を急所、急所にちりばめ、それでいて決定的な手の内は明かさない。秋の決戦に備えて、相手の情報は徹底的に収集する。そのために必要なプレーも随所にちりばめる。
 この前半、24分に限っても、見るべき人が見、考えるべき人が考えれば、宝の山と思えるほどの情報が隠されていたのに違いない。
 おそらくこの試合の後、両軍の選手もコーチも、この試合のビデオを徹底的に分析し、秋の試合に備えるはずだ。相手が強ければ、それ以上に自軍を鍛える。自軍の弱点は徹底的にカバーし、逆に相手のいやがるプレーを準備する。互いに互いを「強い相手」「好敵手」と認識し、敬意を持っているからこそ出来ることである。
 そういうことを想像しながら、僕は「これがライバルという言葉の本来の姿か」と考えた。「チームが本当に強くなるのは、ライバルがいてこそ」「あいつには負けたくない、という強い気持ち、具体的な目標があって初めて、それを凌駕(りょうが)するプレーヤーになる、なってみせるというモチベーションが本物になる」とも考えた。
 そう考えると、ファイターズは本当に恵まれたチームである。西には、この日戦った関大のほか、毎年のように死闘を繰り広げている立命、ファイターズには目の色を変えて立ち向かってくる京大がいる。東には日大、法政というタレント集団がいる。そして、社会人チームは、ライバルというより、どうしても勝ちたいチーム、勝たなければならない目標である。
 そういう強力な相手、敬意を表すことの出来る存在があって初めてチームは鍛えられる。この日の試合は後半、伊豆からWR亀山と池永に2本の長いTDパスがヒットし、最終的には23-3となったが、それでもなお「関大恐るべし」という印象が強かった。
 強いといえば、この日の試合、両チームとも一つの反則も犯さなかった。これもまた互いに敬意を持って戦う「ライバル」ならではの試合内容。ともに真っ向から存分に戦った証しのように、僕には思えた。
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