第52回甲子園ボウル「59秒の真実」(1)

 

「59秒の真実」

攻撃コーディネーター  小野 宏
 


 

2ポイント・コンバージョン

 


 第4クオーター12分5秒(残り時間2分55秒)、猪狩がゴール前1ヤードからダイブで飛び込んでタッチダウンを挙げた。13-14。直後、鳥内監督は即座にトライ・フォア・ポイントで2点コンバージョンを指示した。すんなり蹴るつもりでいたが、確かに「勝つ」には最大の好機だった。
 関西学生リーグの試合は、全勝同士の最終戦を除いて、「負けない」ことが試合の最大の目的であることが多い。6勝1分けでの優勝は完全優勝とほぼ同じ、というのが正直な感覚だ。しかし、甲子園ボウルは「勝つ」ことだけが目的だ。「引き分け」は、もとより念頭にない。

 3TEのフォーメーションからのカウンターブーツを選んだ。実は、この試合用に準備していた2ポイント用のプレーは、前半ゴール前に攻め込んだ時に使ってしまっていた。そのため、京都大戦ですでに使っていたが、昨年から2ポイント用として繰り返し練習してきたプレーを選んだ。京大戦では、逆サイドから入ってきたTE(尾崎)のアクロスにヒットしたが、ラインの反則でタッチダウンは取り消しになっていた。法政がビデオを見ていることは重々承知していたが、京大戦ではフラットを走るはずのFBがコースに出られなかった。分析したとしても、本当のプレーの「かたち」は分からなかったはずだ。

 この試合(甲子園ボウル)の第3クオーターに挙げた最初のタッチダウンは、ほぼ同じシシュエーションに同じフォーメーションからプレイアクションでTEにパスを通したものだった。法政がパスを警戒していることは間違いないが、フラットに出たFBがカバーされていたとしても、QB高橋がキープすれば3ヤードはかなり高い確率で獲得できる。この状況を想定して最も回数多く練習してきたプレーでもある。短い時間にいろいろなことが頭をよぎり、一つのプレーコールになった。

 ハドルを解くとスタンドの歓声が高まった。観衆に向かって声援を控えるようにジェスチャーで頼もうとしたが、ベンチを見ている人間は誰もいないのを知ってあきらめた。3万5千人の目がフィールドに集中していた。QB高橋が花房の左のカウンターのフェイクから右オープンに駆け出た時、オンサイドのLBがフェイクにつられずに素早く外に流れ出てきた。フラットも空いていない。高橋はすぐにパスから「キープ」に切り替え、エンドゾーン右隅だけを目指して加速した。サイドライン際で、追いかけてきたLBにタックルされながら、高橋がボールを突き出した。外に倒れ込みながら、ボールだけがパイロンの内側を横切った。瞬時の判断の正確さ、迷わなかったことが成否を分けた。逆転。15-14。気の早い観客は、まるで勝ったかのように興奮を爆発させていた。しかし、ここから、まさしく本当の「ゲーム」が始まろうとしていた。