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石井晃のKGファイターズコラム「スタンドから」
石井晃さんへの感謝の辞
コラム「スタンドから」を長きにわたりご愛読いただいた皆様、誠にありがとうございました。コラム終了からだいぶ時間が経ってしまいましたが、当コラムの執筆をお願いした私(ディレクター・小野宏)から本欄で石井晃さんへ御礼を述べさせていただきたます。
まず、改めて石井さんの略歴をご紹介します。
1944年、有馬郡道場村(現神戸市)生まれ、美嚢郡吉川町(現三木市)で育つ。関西学院大学文学部を1968年に卒業した後、信濃毎日新聞社を経て、朝日新聞社で主に社会部の記者として活躍し、記者として最高位である編集委員・論説委員を歴任されました。60歳での退職後は和歌山県田辺市の「紀伊民報」で編集局長を2023年まで務められました。
石井さんは学生時代から大のファイターズファンであり、卒業後もファイターズを応援し続けてくれていました。朝日新聞社の後輩である私は1993年に母校職員となってファイターズのコーチとなり、石井さんに1999年からスポーツ選抜入試の小論文試験の指導をお願いしました。以後、27年に渡って毎年かなりの回数の対面での直接指導を担っていただきました(コロナ以降は、対面は中止となった)。石井さんは関西学院大学で文章表現の科目を非常勤講師として担当していました。受講した学生による授業評価で毎年ほぼ全員が満足度で最高点5点をつける超人気科目でした。そんな石井さんの小論文指導を多くの選手たちが受け、スポーツ選抜入試に合格するだけでなく、文章作成・表現力を短期間に高め、在学期間だけでなくその後の人生の礎となる力を養ってもらいました。
そして、2002年から2005年まで4年間甲子園ボウルに出場できず、私はチームを変える何かを模索する中で、当時朝日新聞の公式サイトasahi.comでスポーツコラムを書いていた石井さんにファイターズのコラムの執筆をお願いしました。そして2006年からファイターズのホームページで『スタンドから』が始まりました。シーズン中は毎週、石井さんの知の蓄積と記者として人としての経験を凝縮したコラムを掲載いただきました。紀伊民報で編集局を陣頭指揮しながらです。私が言うのもなんですが、その筆力は尋常ではありません。
コラムは部員たちを褒め、励まし、時として叱咤し、その成長を見守り続けてきました。それだけでなく、ファイターズの活動やあり方を広く伝え続け、OBOG、父母、ファンの人たちが読み続けてくれました。チームが目指すべきもの、選手が取り組むべき姿勢などファイターズの価値観・モラルを広く関係者の中で共有する役割をコラムが見えない形で担っていたと今になって思います。また、コラムから多くの人たちが勇気をもらったり、救われたりしてきた人も少なくないのではないでしょうか。まさに私自身がその一人です。
石井さんはコラムを書くだけでなく、頻繁に練習を見学され、選手たちを直接励まし、冬の合宿では和歌山の最上級のミカンを差し入れていただきました。
1999年から2025年に至るまでの27年間、甲子園ボウル出場18回、学生日本一14回、ライスボウル優勝1回。この輝かしいファイターズの戦績は、石井さんのチームへの貢献の証でもあります。ファイターズへの無償の愛に我々は支えられてきました。
石井さんは年齢による心身の衰えを理由に、コラムの連載および小論文指導について2025年度での引退を申し出られました。
チームとして石井さんのこれまでのご尽力に深い感謝を表すべく、1月25日のアメリカンフットボール部納会において感謝の意を伝え、ファイターズ仕様のヘルメットを贈呈しました(写真)。4月中旬にはお世話になったファイターズ卒業生たちが集まって「感謝の会」を開くことが決まっています。とても賑やかな会になるでしょう。
石井さんに改めて深い感謝の意を表し、御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
そしてコラムを読んでいただいてきた皆様にも深く感謝申し上げます。
ファイターズ・ディレクター
小野 宏
まず、改めて石井さんの略歴をご紹介します。
1944年、有馬郡道場村(現神戸市)生まれ、美嚢郡吉川町(現三木市)で育つ。関西学院大学文学部を1968年に卒業した後、信濃毎日新聞社を経て、朝日新聞社で主に社会部の記者として活躍し、記者として最高位である編集委員・論説委員を歴任されました。60歳での退職後は和歌山県田辺市の「紀伊民報」で編集局長を2023年まで務められました。
石井さんは学生時代から大のファイターズファンであり、卒業後もファイターズを応援し続けてくれていました。朝日新聞社の後輩である私は1993年に母校職員となってファイターズのコーチとなり、石井さんに1999年からスポーツ選抜入試の小論文試験の指導をお願いしました。以後、27年に渡って毎年かなりの回数の対面での直接指導を担っていただきました(コロナ以降は、対面は中止となった)。石井さんは関西学院大学で文章表現の科目を非常勤講師として担当していました。受講した学生による授業評価で毎年ほぼ全員が満足度で最高点5点をつける超人気科目でした。そんな石井さんの小論文指導を多くの選手たちが受け、スポーツ選抜入試に合格するだけでなく、文章作成・表現力を短期間に高め、在学期間だけでなくその後の人生の礎となる力を養ってもらいました。
そして、2002年から2005年まで4年間甲子園ボウルに出場できず、私はチームを変える何かを模索する中で、当時朝日新聞の公式サイトasahi.comでスポーツコラムを書いていた石井さんにファイターズのコラムの執筆をお願いしました。そして2006年からファイターズのホームページで『スタンドから』が始まりました。シーズン中は毎週、石井さんの知の蓄積と記者として人としての経験を凝縮したコラムを掲載いただきました。紀伊民報で編集局を陣頭指揮しながらです。私が言うのもなんですが、その筆力は尋常ではありません。
コラムは部員たちを褒め、励まし、時として叱咤し、その成長を見守り続けてきました。それだけでなく、ファイターズの活動やあり方を広く伝え続け、OBOG、父母、ファンの人たちが読み続けてくれました。チームが目指すべきもの、選手が取り組むべき姿勢などファイターズの価値観・モラルを広く関係者の中で共有する役割をコラムが見えない形で担っていたと今になって思います。また、コラムから多くの人たちが勇気をもらったり、救われたりしてきた人も少なくないのではないでしょうか。まさに私自身がその一人です。
石井さんはコラムを書くだけでなく、頻繁に練習を見学され、選手たちを直接励まし、冬の合宿では和歌山の最上級のミカンを差し入れていただきました。
1999年から2025年に至るまでの27年間、甲子園ボウル出場18回、学生日本一14回、ライスボウル優勝1回。この輝かしいファイターズの戦績は、石井さんのチームへの貢献の証でもあります。ファイターズへの無償の愛に我々は支えられてきました。
石井さんは年齢による心身の衰えを理由に、コラムの連載および小論文指導について2025年度での引退を申し出られました。
チームとして石井さんのこれまでのご尽力に深い感謝を表すべく、1月25日のアメリカンフットボール部納会において感謝の意を伝え、ファイターズ仕様のヘルメットを贈呈しました(写真)。4月中旬にはお世話になったファイターズ卒業生たちが集まって「感謝の会」を開くことが決まっています。とても賑やかな会になるでしょう。
石井さんに改めて深い感謝の意を表し、御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
そしてコラムを読んでいただいてきた皆様にも深く感謝申し上げます。
ファイターズ・ディレクター
小野 宏

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