11月24日 第7戦で立命館大学に14−48で敗れ、2位が確定した。
 11月10日 第6戦で京都大学に14−6で勝った。game report
 11月3日 体育会覇業交歓が行われた。我がアメリカンフットボール部は、昨シーズンのライスボウル制覇という功績を称えられ、那須杯と特別賞のW受賞を受けた。(那須杯とは、戦前の運動総部代表顧問・故那須生平教授のご功績を称え設けられたものであり、受賞の対象は全国制覇団体隊だけに限られる。)
 10月26日 第5戦で近畿大学に25−29で敗れた。game report

初代学生監督を務めた故川井和男さんに感謝状を贈った。川井さんは1941年に部を創設したメンバーの一人で、1940年に単身で上京し、すでに立ち上がっていた関東大学連盟に協力を要請して、当時の会長から2千円の寄付を受け、その資金で防具やユニフォームを購入するなど創部の立役者だった。卓越した行動力で部の礎を築いた川井さんはその後太平洋戦争に出征して1943年にブーゲンビル島付近で戦死した。太平洋南海地域から同級生の故布谷武治氏に送られてきた軍事郵便でも「鎧球注:アメリカンフットボールのこと)は如何です。椰子の実がフットボールとよく似て居り、しばしば想い出して居ります」と戦地でも部のことを気にかけていた。不明だったご遺族の住所などが分かり、部長の平松一夫教授(学長)から、実妹の池田マヤさんら親族に感謝状と記念品が贈られた。

 10月12日 第4戦で神戸大学に38−7で勝った。game report
 9月28日 第3戦で甲南大学に43−6で勝った。
 9月15日 第2戦で同志社大学に43−6で勝った。game report
 9月1日 関西学生リーグが開幕し、初戦で大阪産業大学に65−0で勝った。game report
 8月17日 夏季合宿終了。
 8月10日 東鉢伏高原「かねいちや」で夏季合宿を開始。
 7月21日 石田力哉前主将からのAFLレポート第4弾
 7月14日 石田力哉前主将からのAFLレポート第3弾
 7月 6日 ニュー・エラ・ボウルが西宮スタジアムで行われ、ブルースターチームに関学から27人が出場した。
 6月29日 西宮ボウルが行われ、関学からは尾崎(QB)、大谷(RB)、大橋、蔵谷(以上OL)、杉田、中林(以上WR)、田中、平郡(以上LB)、田尻(DB)、西村、佐岡、今東(以上DL)が出場した。
 6月16日 名古屋サイクロンズが合同練習。
 6月16日 石田力哉がAFL2でデビュー。センターと守備エンドで出場し、チームに2勝目をもたらした。AFLハワイレポート第2弾
 6月 8日 日本大学と駒沢第2球技場で定期戦を行い、37−3で勝った。
 6月 3日 早稲田大学のコーチ・選手が2日間にわたって合同練習。
 5月26日 ヨコハマボウルで鹿島と対戦し、30−39で敗れた。
 5月20日 石田力哉前主将からAFLハワイレポートの第1弾が届きました。
 5月19日 フラッシュボウルシリーズで京都大学と対戦し、36−7で勝った。game report
 5月 6日 西宮球技場で日本体育大学と交流戦を行い、17−14で勝った。game report
 5月 2日 大阪学院大学が練習に合同参加。
 4月28日 西宮球技場で明治大学と定期戦を行い、52−0で勝った。game report
 4月23日 鳥内秀晃監督が西宮郵便局の一日局長を務めた。
 4月19日 西宮スタジアムでの「KGボウル」で早稲田大学と対戦し、33−14で勝った。早稲田大との対戦は52年ぶり。試合には大学の新入生や関西学院と提携した啓明学院中学校の生徒らが詰めかけ、校歌や応援歌を歌って「KG」の一員であることを肌で感じていた。game report
 4月10日 16時30分から新入生を対象とした「フットボール教室」をグラウンドで開催する。
 3月26日 米室内プロフットボールの「アリーナ・フットボール・リーグ(AFL)」に参戦している石田力哉は、ハワイ・アイランダーズの最終メンバーに登録された。リーグ戦開幕は30日。
 3月23日 兵庫県・大阪府・滋賀県・京都府の高校を対象としたファイターズ・フットボールクリニックを開催。17校から選手約180人、見学者200人が参加した。クリニックは96年に始まり、プリンストン大戦のため実施しなかった昨年を除いて今年で6回目。今回から1校ごとの参加選手人数を制限し、参加高校の範囲を京都府、滋賀県に拡大した。
 3月22日 ファイターズは、日本ごはん党(党首・嵐山光三郎氏)がアマチュアスポーツで活躍した個人・団体に贈る「ライススポーツ大賞」の優秀賞を受賞した。副賞はお米500`。
 3月17日 NFLのサンフランシスコ・フォーティナイナーズQBジェフ・ガルシアとワシントン・レッドスキンズのOTクリス・サミュエルズが8月に大阪で開催されるNFLプレシーズンゲームのPRで来日し、ファイターズを表敬訪問。選手達は一流のプロ選手から技術指導を受けた。
 3月16日 メキシコ遠征のための関西学生4年生選抜チームが編成され、攻撃では三井、東畠、吉田、守備では星田、野田、矢野、石田、マネージャーでは末沢、コーチでは小野攻撃コーディネーターが参加。4日から合同練習を開始し、11日に日本を出発。海抜2200bのメキシコシティで引き続き練習。16日にモントレー工科大学スタジアムに約1万5千人の観衆を集めて、メキシコ学生選抜チームと「Tazon Amistad(友好)」親善試合を行った。平均身長で6a、体重で10`の差があり、個人的なレベルでは1ランク上の相手だったが、関西選抜チームは「JAPAN」の文字を胸に技術的、戦術的な面に加えて精神的に極めて高いレベルの試合を演じ、27−24の逆転勝ちをおさめた。MVPには石田力哉主将が選ばれた。石田は、守備での活躍とともに、最後の攻撃シリーズの第4ダウンでパスを受けたことも評価された。
 3月 4日 全体練習を開始。
 2月25日 部員約90人が大阪・梅田の5カ所に分かれて「もえちゃんを救う会」の募金活動に協力し、集まった55万1507円を同会に寄附した。た。心臓病のため米国での移植手術が必要な藤崎萌ちゃんの祖父が関西学院の同窓で、学院に募金活動の要請があり、アメリカンフットボール部として街頭募金への協力を申し出たもの。
 2月24日 関西学院大学グラウンドでチェスナットリーグの試合とファイターズ選手・コーチによるクリニックが行われた。波除モンキーズ、住吉川86スコーピオン、千里ファイティングBee、大阪ジュニアベンガルズなどから、約100名のちびっ子フットボーラーが集まった。試合終了後、ファイターズの選手達とミニフットボールゲームやキャッチボールを楽しんだ。
 2月23日 関西学院同窓会東京支部がライスボウル祝勝会をホテルオークラで開催。約150人が出席し、体育会OB倶楽部東京支部から石田主将に記念品が贈呈された。
 2月 3日 石田力哉が、ARENA FOOTBALL LEAGUE(室内フットボールリーグ=AFL)の環太平洋(豪、NZ、日本)の選手を対象としたハワイでのキャンプに参加、RB(FB)として練習した。2月12日に帰国。ハワイアン・アイランダーズからリーグ戦参加のオファーがあったが、本人は回答を保留。
 2月 1日 2002年度の幹部が決定した。主将はDL西村径展(文3)、主務は石原澄人(文3)、副将はOL蔵谷俊治(商3)、尾崎陽介(経3)、田尻裕典(商3)。
 1月28日 QB尾崎陽介は2月2日にハワイ・マウイ島で開催される第56回フラ・ボウル(全米学生オールスター戦)に他の日本人学生選手とともに招待され、ハワイに向かって出発した。全米のトップレベルの選手に交じって練習に参加する予定。
 1月27日 大学・高等部・中学部の合同送別会を高中部礼拝堂で開催した。大学では恒例の選手表彰が行われ、陰の功労者に贈られる「アンサンヒーロー賞」にトレーナー高島裕之(社4)、学業優秀な選手に贈られる「大月杯」にWR東畠功周(経4)、タフガイに贈られる「領家杯」にはLB星田浩伸(法4)、「スペシャルチーム賞」にTE兼パンターの榊原一生(法4)、「特別賞」にDB矢野直治(社4)、OL吉田篤司(商4)がそれぞれ選ばれ、表彰された。
また、引き続き、「甲子園ボウル・ライスボウル優勝披露パーティー」が関西学院会館で開催され、関係者約300人が集まって勝利を祝った。パーティーでは、心臓病で海外での移植が必要な西宮市在住の藤崎萌ちゃん(2歳)の手術費用を賄うための募金活動が行われ、参加者の方々から合計20万1553円が集まり、「もえちゃんを救う会」に寄付された。
 ライスボウル優勝を記念しての写真集「A mighty drive into the 21st Century ---from Princeton to the Rice Bowl---」が刊行され、参加者に配布された。
 1月22日 ライスボウル特設ホームページが開設された。
 1月21日 当部は1月21日、関西運動記者クラブが選定する第45回関西スポーツ賞を受賞した。新阪急ホテルで表彰式が行われた。
 1月 7日 NHK大阪放送局の「とっておき関西」(17:10〜17:45)に鳥内監督、主将・副将・主務ら4年生が出演してインタビューを受けた。
 1月 3日 ライスボウル・日本選手権で社会人代表のアサヒ飲料チャレンジャーズと対戦し、30−27で勝って初優勝を飾った。学生の優勝は1996年の京都大学以来6年ぶり。ファイターズとしては、5度目の挑戦で初めての栄冠を手にした。最優秀選手(ポール・ラッシュ杯)には、QB尾崎陽介が選ばれた。
 1月 2日 伊丹空港を出発し、東京スタジアムで軽い練習をした後、東京ドームで人工芝の感触を確かめた。

 

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